小さくなった安室くん

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カーテンから差し込む朝日が閉じた目蓋を刺激する。薄らと目を開け、飛び込んできたのは立派な胸筋。


胸…筋…?


なんでこんなところに大胸筋が…。あれ、昨夜自分は寝袋で寝た筈で…。ならこの目の前にある立派な筋肉をお持ちの殿方は…

「・・・・」

まだ覚醒しきっていない頭はゆっくりと胸筋から下へと視線をズラす。

「・・・・」


裸だ



エッ、ハダカ?



HADAKA?



うわぁあはだかぁぁ!!



「起きて!いや待って!起きないで!!」

ジタバタと暴れる。身動きが取りづらい。そこで漸く寝袋に入ったままであることに気づく。芋虫のように頭まですっぽりと入り、顔だけ出しているそれは文字通り手も足も出ない。そしてあろうことかそのまま抱き締められていた。

一生懸命寝袋から出ようとする様を随分前から起きて一部始終見ていた安室に気づくまでもう少し…。






「そこに座って!」

服を着させ、正座させる。互いに向かい合うその姿はいつぞやか安室がナノカを注意した時とは立場が逆である。

「昨日の夜、私は透くんが持っていたというあの!寝袋で寝ていた筈ですが?」

無理くりそこから出た為に髪は乱れまくっていたが、そんなことはお構いなしにビシッ!とベッドの上を指差す。中身の入ってないそれは寂しそうに今は萎んでいる。

「何故!透くんのベッドで寝ているのでしょう。というか何故君は素っ裸なんだ」

腕を組み、吊り上げっている眉を見て安室は苦笑いを浮かべる。

「正確には下着を履いているから素っ裸では…」

「そんなことは訊いてません」

言い訳にもなってない、と据わった目で彼を睨む。

「いつも寝る時は服を着ないんだ」

「私の世界にいた時は着てましたよね?」

「流石に人様の家ではご迷惑になるかと…」

その気遣い、ここでも使って欲しかったな、と出かかった言葉を飲み込む。ここは彼の家だ。遠慮せず普段通りの生活をしてほしいと言ったのはナノカであり、それ以上は強く言えなかった。しかし一言欲しかったよ。

「ふ、普段がそういうことなら…仕方が、ない…!」

全然納得していないが苦虫を潰したような顔で無理やり肯いた。しかし一緒のベッドで寝る必要はなかった筈である。そもそも自分はベッドから少し離れたところで寝ていた筈だ。その件について問いただせば彼はきちんと説明してくれた。

「畳の上でも硬い床は体が痛いだろうし、やはり僕だけベッドで眠るのには抵抗があったから…」

「家主がベッドで寝るのは当たり前だと以前言っていたのは透くんですが⁉」

それで強制的に納得させて昨夜は半ば強引に寝袋にねじ入ったのだ。というかそういうのに厳しかったのは寧ろ君の方だったじゃない!

「寝顔もすっぴんも、子供の姿の時に見られているからあまり気にしませんが…」

いや、ちょっとは気にするけど…

「やはりいい歳した男女が同じベッドで寝るというのは些か問題があるというもので…!」

気遣ってくれたのは嬉しいですが!と未だ目くじらを立てているナノカに対し安室はなるほど、と漸く分かってくれたのか神妙な面持ちでナノカを見つめる。

「怒るとそういう口調になるんだな」

「反省してる⁉」







「機嫌治った?」

「治りました」

まだ少し怒っている口調の彼女に苦々しく笑う。まぁ、本人が治ったというのだ。素直に受け止めよう。

「今日は映画でもどうかな?」

「映画?」

安室の言葉に表情が少し柔らかくなるナノカ。それにホッと胸を撫で下ろす。貴重な1日。不機嫌にさせたのは安室だがなるべく笑顔でいてもらいたい。

「といってもPCからになってしまうけど…」

この家にTVはなく、いつ公安から、また組織から連絡がくるかわからないため、映画館に行くわけにはいかなかった。釣りに行こうとも考えたが午後は生憎雨との予報だ。それに明日は一度降谷零として本庁に赴かなければならない。釣りは天気がいい日に行くとするとして彼女と一日中一緒に居れる数少ない日を無駄にしたくなかった。

「ホラー?」

心配そうな顔を向けるナノカに安室はくすりと笑う。

「そんな意地悪なことはもうしないよ」



 

「おぉ…!これってもしかしてVODってやつ?」

「そう。話題の映画なら一通り揃ってるよ」

潜入先に馴染むために契約したものだ。話題についていければ対象に近づくチャンスへと繋がることもある。

昔はヒロともよく観てたな…

「オッサンズ…11…?」

彼女の声に我に帰る。スクロールしていた手を止め、興味を示しているナノカの横から画面を覗き見る。

「気になった?」

「いや、似たような題名の映画が私の世界にもあって…このヒーロー軍団アゼンジャーズっていうのも…響きが…」

「へぇ…この作は確か仮面ヤイバーが出ている回で日本でも話題になった映画だよ」

「ヤイバー?…じゃあライダーには乗らないの?」

「いや?事件が起きると変身してオートバイに乗り込むよ」

「ならバッタの能力も使えるの?」

「バッタの能力は使えない」

何故バッタ?と思った疑問はぎりぎり口に出さないでいた。スマホを取り出し、仮面ヤイバーについて検索する。

「悪の組織ジョッカーが相手で…」

「ジョッカー⁉」

そこに驚く意味とは。しかし安室は気にせずスマホ画面に出てきた説明文を読み上げる。

「悪事を働く怪人や異星人を仮面ヤイバーこと白金雷刃が倒すという、懲悪もののストーリー…だそうだが…」

「全く知らないヒーローでした」

「だとこの映画は却下だな」

その感じだと出てくる全てのヒーローは全く別のキャラクター。誰一人、ヒーローが分からなければ面白くはないだろう。

「このゴメラっていうのは?」

「怪獣映画だ。ちなみに君が最初に興味を示した映画は泥棒映画」

「Part2まであるってことは面白いのかな?」

「まぁ、続編は微妙だったらしいけど」

以前蘭たちと観たという園子がポアロでそう話していたのを思い出す。

「ならこのPart1を観てみたいかも」

「了解」

画面をクリックして、興味津々に始まった映画に釘付けになっている彼女の横顔を眺める。薄らと見える額の線。

彼女に伝えていないことがある。

昨夜、寝静まった深夜のこと。寝袋から顔だけ出して気持ち良さげに寝ている彼女の傍らに蹲む。その前髪を払ってやるとまだ手術帽子の痕が残っていた。安室の人差し指ぐらいの長さまであったそれは第一関節ほど消えていた。

神様という存在は信じていないがこの現象をもしそういう類の存在が引き起こしたのだとしたらその人物は随分と適当な性格をしているらしい。これ以外になかったのだろうか。持ち込んだ品物からして代用出来そうなものは沢山あった筈である。

きっと、この痕が全て消えたら…彼女は元の世界に帰ってしまうのだ。

「…っ…」

嫌だな。君を…

ぶるっ、と彼女の体が震える。寒いのだろうか。床冷えで風邪でも引いたら大変だ。しかし寝袋から出すと君は起きてしまいそうだし、頑固な君は絶対ベッドでなんか寝ないだろう。

安室は起こさないよう、そっと優しく抱き上げる。

「井戸は…」

か細く発した声に起こしてしまったかと慌てて動きを止める。

「透くん…井戸は…ダメ…」

眉を寄せて寝言を言う彼女にプッと小さく笑う。夢の中で子供の姿の自分とホラー映画でも観ているのだろうか。

ベッドに寝かせ、自分も横になる。眉間に寄せられたシワを親指の腹で優しく伸ばせば安心したように笑うナノカ。安室も嬉しそうに目尻を落とす。

気持ちよさそうに、何の警戒もしていないその顔は、少しも自分を男として意識していないようだった。危機感すら持たれていない。いや、持たれたらそれはそれで寂しいが、意識はして欲しい。

君が…僕と少し距離を取るのは帰った時、辛くなるからだろう?どうにかしてこの世界に繋ぎ止めようとしている僕を知ったら君は困るだろうか。

「君を…帰したくない」

安室は懇願するようにその体を寝袋越しに強く抱き締めたのだったーー…


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2020.12.6


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