東方妖遊記小説

□十一
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二月前に起こった惨事が嘘だったかのように、亳邑の地は平穏な日々を取り戻していた。

そんな亳邑に滞在を続けている春陽は、今日も晄の住む村までの道を愛馬で通う。
はじめは見慣れない少女に戸惑っていた村人達だったが、すぐに受け入れ、「今日もいい天気だねえ」などと
微笑みかける村人に春陽も同様に挨拶をかわす。
そうして辿り着いた晄の家には、ちょうど莉由がお昼を届けに行くところであったため、
一緒に晄の領地へと行くと、目的の少年と人形になっている汪李が鋤を振るっている姿が見えた。

春陽は大きく手を振る莉由の後ろをついて歩く。



「晄ちゃーん、お弁当持って来たわよ。……あら、汪李」



いたの?と、まるで言わんばかりに、それまでニコニコしていた莉由の顔から笑顔が消えた。
そんな彼女に対し、一瞬で汪李は小蛇へと変化して腕輪のふりをする。
莉由の男嫌いは、相手が妖だろうがなんだろうが、舜や晄以外の男である限り関係ないらしい。
春陽は苦笑すると、それまで持っていた大きな布包みを晄へと見せた。
彼は目を輝かせると、それを笑顔で受け取る。



「ありがとう、春陽」
「いつもごめんね春陽ちゃん。本当、助かるわ」
「私こそ、いつもお世話になってるので」



お弁当まで持ってもらっちゃって。と、莉由にも笑顔を向けられ、照れ臭く感じた春陽は眉尻を下げる。
楓牙や累焔が来れない日は、なるべく春陽が兄弟たちの様子を見ることにしているのだが、
こうして畑を手伝う彼女に彼らは良くしてくれる。
今日も「お昼一緒に食べましょう」と言ってくれる莉由に頬は緩んだ。



「それにしても頑張ったわねぇ。もうあらかた耕しちゃったじゃない」



耕された畑を眺める莉由にならい、春陽も辺りを見回す。
あれだけ荒れ地だった大地も、今じゃ石や雑草が取り除かれ、
晄や春陽たちの手で本来の姿を取り戻しつつあった。



「うん、あとちょっと残ってるけどね。雪が降る前に、積み肥が入れられそうだよ」



額に浮かだ汗を拭う晄を見て、莉由は満足そうに頷くと、あぜ道に敷物を広げはじめる。



「お腹空いたでしょ、お昼にして……あ、春陽ちゃんも遠慮せず沢山食べてちょうだいね」
「ありがとうございます」



てきぱきと動く莉由に笑って頷いた。
王都に住んでいただけあって、これまで春陽はいくつもの美味しい料理を食べてきたのだが。
莉由の手料理は、何回食べても今まで食べてきたそれとは違う美味しさである。
食材はその辺で取ってきたものだというのに、むしろ王城で食べていたものよりも美味しいのではないかと
感じている春陽は純粋に楽しみにしていたのだ。
すると。



「おーい、晄、莉由、春陽」
「……あ」
「あれ、昌?」



手を振りながらやって来る青年を、首を傾げながら見つめる晄の横で、
春陽は彼の存在をすっかり忘れていたことに気が付き焦った。
反する莉由も、「そういえば……」と漏らし、その顔からまたしても笑顔が消えた。



「午後から手伝うとか言ってついて来たのよ。
 どうせ自分ちの仕事に飽きて、さぼって来たんじゃない? 里長んとこ今日は粉挽きやってたから」



「馬車馬をつなぐのに手間取っちまって」と、やって来た昌がぜいぜいと息をつく中で、
辛抱な言葉を吐き出す莉由。
その傍らで、春陽は素直に彼へ謝罪を述べた。
途中まで一緒に来ていたのだが、馬車馬をつなぐのに手間取っている昌を見かねた莉由に促がされ、
彼を置いて先へと行ってしまったのだ。



「春陽ちゃんが謝ることないわ。馬車馬も上手くつなげない昌が悪いんだから」
「莉由……」



あんまりな物言いにさすがに昌も肩を落とす。
晄は慌てて彼らの間に入った。



「昌、手伝いに来てくれたんだって? ありがと、助かるよ」
「ああ、オレがいなくても粉挽きの手が足りてたから。けど……」



けど?
突然、周囲を見渡しはじめた昌を、不思議そうに春陽は見つめる。



「もう一人、誰かいただろう? 城から官奴婢が手伝いに来てるのかと思ったんだが」
「ううん、今日は俺一人だよ。立ち枯れた木を見間違えたんじゃない? ね、春陽」
「? うん……城から手伝いが来るなんて話はなかったと思うけど……」



人形の汪李を見られてた――?

汪李の存在は、あの事件に大きく関わった人物たちにしか知らない。
災厄にあった人々には、化蛇は楓牙が倒したことになっているからだ。
汪李の人形時の姿はただでさえ目立つ。

話を合わしてくれと、まるで言わんばかりの瞳に縋られ、それらしいことを春陽も言ってみた。
それでも昌はいまだ渋るように腕を組む。



「そうかなあ。白っぽい髪だったし、鋤を振るう腰つきもふらふらしてたから、相当な年寄りだと思ったんだ」
「白っぽい髪……」
「腰つきふらふらの年寄り……」 



腕輪のふりをしている小蛇を見れば、ムッとした表情で今にも何か言いた気な顔をしていた。
腰つきふらふらに対してか、相当な年寄りに反応したのかはわからないが、
春陽の目からしても汪李の鋤を振る姿は確かに頼りなかったように思う。

晄が必死に笑いを堪えているのがわかった。



「何、馬鹿なこと言ってるの。晄ちゃんしかいなかったわよ。昼間っから寝惚けないでちょうだい」



ピシャリ、と言いのけた莉由の言葉に、さすがに昌も考えるのを諦めたのか、
それから弁当のふたが開くと例の老人についてはもう何も言わなくなった。

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