東方妖遊記小説

□十三
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耿邑にやっと着いた春陽たちは早速船着き場へと降りた。
ずっと船底にいたせいか、外の空気が清々しい。
久々に太陽の光を浴びようと、二人して体を伸ばそうとした時である。



『ところで晄と春陽はいつまで手を握ってるんだ』



晄の腕に巻き付いた、小蛇姿の汪李がボソリと呟いた。
その声音がやや不機嫌そうに聞こえたのは気のせいだろうか――。
思わず春陽と晄は、お互いに繋がれたままの手を見下ろした。



「あ」
「うわ! ご、ごめん春陽、全然気付かなかったっ」



春陽が繋いでいたと思っていた手は、いつの間にか晄に握り返されていた。
慌てて晄は、握っていた春陽の手を放す。
ずっと握っていたからか、はたまた自分から握っていたことに対してか。
気恥ずかしげに顔を逸らす晄に、春陽の口元は知らず弛んだ。



「帰りもまた握っていてあげようか?」
「春陽までそんなこと言う」



さらりと出た言葉に、晄は頬を膨らませた。

拗ねる晄を宥めつつ、苦笑しながら歩いた先には、すでに船を降りていた楓牙が春陽たちを待っていた。



「累焔から聞いたぞ。船底で青息吐息だったそうだな」
「もうっ、何だってみんな俺が怖がるのを喜ぶんだ!」
「喜んでなどいないぞ。心から心配していた」



そう言う楓牙の目は笑っている。



「嘘だ。目が笑ってる」
「笑っているものか」



そんな彼らの傍らで、黄河上流へ目を凝らしている累焔。
よほど悪い予感が気になるのか、楓牙が汪李に、小化蛇に上流を偵察してくれるよう頼み、
とりあえず春陽たちは城下へと向かった。
途中、楓牙に気付いた耿邑の官吏が慌てて城に招こうとしたが、その誘いもすっぱりと断って。
そうして、歩き着いた耿邑の街は予想以上の賑わいを見せていて、春陽は晄と共に辺りを眺めた。

まるでここが、あの黄河の氾濫の被害にあった耿邑とは思えない。
そう思ってしまうほど、街は賑わいを取り戻していた。
これも復興に力を貸した晏仲たち救援隊の助力でもあると、楓牙が語る。
この馬市もただの馬市ではない。
大勢の貴族や商人が来ることで、市以外でも散財され、軍馬も何頭か売りに出されるという。
そうして得た収入で、氾濫の被害にあった民たちのために食糧を買うことができるそうなのだ。

そんな楓牙の説明を聞きながら、春陽たちは広間へと出た。
牡馬の下見所である。
楓牙が軍馬のための馬を競り落とすため、しばらくは晄と共に彼らを待つこととなった。



「そういえば、春陽の馬は仔馬の時から飼ってるの? すっごく懐いてるようだけど」



ふと晄が思い出したように口を開く。
仔馬を買うと決めた時からうずうずしていた晄は、春陽のあの愛馬を思い浮かべていた。



「そう、私が小さい頃から飼ってるの。
 ちょっと気性が荒っぽい所もあるけど、すごく頼もしくて賢い馬よ」
「うん。わかる。ほら、汪李が暴れた時に舜兄を乗せてくれたことがあったでしょ?
 あの時、累焔に乗せてもらった時の馬は汪李に怯えて近付こうともしなかったのに、
 春陽の馬は目の前まで来ていたから」
「ああ、あの……」



春陽もあの日の出来事を思い出す。
あの状況に怯えなかった愛馬に、春陽ですら驚いたものだ。
常々賢い馬だとは思っていたが、再認識させられた出来事である。



「あと、春陽がすごく好き――って、いつも伝わってくるんだ」
「……そうなの」


妖の声が聞えるだけでなく、動物の気持ちもなんとなく伝わってくる晄。
そんな晄の口から介して言われた言葉に、少しだけ照れた。

大切に育てているからこそ、そう思ってもらえてるのなら嬉しい。

喜ぶ春陽の横顔を見て、晄が呟く。



「いいなぁ。俺も早く馬に乗って、春陽たちみたいになりたい……」



更にうずうずしてきたのか、「まだかなあ」と、晄は楓牙が来るのを辛抱強く待ち続ける。
そんな願いが通じたのか、思っていたよりも早く楓牙は戻って来た。



「待たせたな。仔馬の下見所はこの先にあるとのことだ。もう競りが始まってるらしい」
「急がなきゃ。行こう、春陽!」
「待って、晄っ」



先ほど話していた内容のせいもあってか、慌てて駆け出す晄のあとを、春陽も急いで追う。
大勢の人の間を縫いながら、その背中を見失わないように進んで行けば――。



「……?」



一瞬、誰かに見られているような視線を感じ、咄嗟に顔を持ち上げた。
けれど辺りを見回してみてもこれといった人物はおらず。
気のせいだったかと首を傾げた春陽。

結局、見失いそうになる晄の背を慌てて追いかけた春陽がその正体を知ることはなかった。

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