東方妖遊記小説
□十七
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「おや、こんな夜更けに一体誰が来たのかと思えば。春陽ちゃんでしたか」
「舜殿……すみませんこんな刻に」
突然の訪問に全く動じることのない舜は、あのいつものような笑みを浮かべると、
「どうしましたか?」と外にいた春陽を招き入れた。
物静かな部屋を一瞥し、春陽は舜へと振り返る。
「晄と莉由殿は……?」
「二人ならもうとっくに眠っていますよ」
(嘘……)
ここに晄はいない。
舜と莉由を巻き込まないために、襲い掛かってくる刺客たちを引き寄せるため、家を飛び出した晄。
きっと今頃は、楓牙たちと合流していることだろう。
春陽ははじめから彼が嘘をつくことを知った上で聞いたのだ。
「どうして教えてくれなかったんですか」
「なんのことです?」
「……晄が、襲われたことをです」
言いたいことがわかっているはずなのに、それでも嘘を突き通そうとする彼に、
どうしてそこまで隠すような真似をするのかと春陽は眉間に皺を寄せた。
『なぜ人を殺してはいけない?』
也空の口から放たれた言葉が脳裏をかすめる。
わからないと言う彼に、思わぬ疑問を浴びせられた春陽は仰天し、あの後彼の話を詳しく聞くことになった。
それから也空の話を汲み取りわかったことは、彼が人を殺したということ。
人間と動物の命は何が違うのか。
晄に聞いてもよくわからなかったと言う彼の話を春陽は楓牙に相談した。
同時に、楓牙は楓牙で舜が何かを隠していると思っていたのか、累焔に占わせてもいた。
その結果、也空が殺した人間たちは、報酬と引き替えに殺人を請け負う集団だということが判明し、
狙われたのが晄だということもわかった。
そうしてその残党が今宵、再び晄を襲うことを占術で知り、春陽と楓牙たちは二手に別れ急いでやって来たのだ。
「あの王子ですね。まったく……」
いつもと違う雰囲気の春陽に、彼らに知られてしまったことを知った舜はついに溜め息を吐き出す。
きっとこれが楓牙の前だったならば正直に認めてはなかっただろう。
「なら――!」
「お兄ちゃん? 誰か来てるの?」
どうして黙るような真似をしたのかと、詰め寄うとする春陽の言葉を思いがけず遮ったのは、
どうやら二人の会話で目が覚めた様子の莉由の声だった。
戸をそっと開ける彼女に一瞬だけ体を強張らせた春陽は、だが次の瞬間、
身の毛がよだつような気配を感じ取りハッと我に返った。
「莉由殿!!」
「っ!? きゃあ!」
咄嗟に剣を抜いた春陽にではなく、突如襲い掛かってきた何かに悲鳴を上げる莉由。
急いで傍へと駆け付けた春陽はそれを見て瞠目した。
「どうして……」
春陽たちの目の前には、青銅の冑に皮甲を身に付けた男が――。
男が晄を襲ったという殺人集団の残党であることはすぐにわかった。
どうしてここにいるのか。
狙いは晄であるはずなのに、なぜここへ刺客が襲ってくるのかと驚きが隠せない。
いつの間にか春陽と莉由は、人面の装飾が施された盾により囲まれている。
それが舜の仕業であると気付いたのよりも早く、男は動いた。
「五年前の怨み、今ここで晴らしてやる」
憎々しげに開かれた口から吐き出された言葉は、あまりにも殺意が籠ったものだった。
背後で息を呑み込む音が聞える。
「っ……!!」
春陽はその殺意が自分に向けられたわけでもないのに、男の憎悪に満ち溢れた感情に慄き、
それと同時に胸が激しい痛みに襲われる。
(違う)
痛む胸を抑えて、春陽は恐る恐る舜を見上げる。
(舜殿に向かって言ったの……?)
そこには、いつもニコニコしている笑顔が嘘かのような、まるで無表情な顔で男を見ている舜がいた。