東方妖遊記小説

□十六
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そして陝邑へ発った楓牙たちは無事帰還し、休息もなくその足で再び陝邑へと舞い戻ることになる。
今度は晄と汪李を引き連れて。
陝邑の惨状を見た楓牙が、それが妖による仕業ではないかと汪李に協力を仰いだためだ。
一夜にして全てを滅ぼすなど、どう考えても人間業ではない。
何かを勘付いたらしい晄も炎招戈を携え、戻ってきたのが僅か数日前のことだった。

彼らが留守の間、しばらく舜や莉由の様子を見ていた春陽だったが、
楓牙たちが帰って来てからはここ最近訪れることがなかった。
だが、久々に兄弟たちの顔を見に足を運んだ春陽が目にしたものは、
見知らぬ男が洗濯を踏み洗いしている光景だった。



「……誰?」
「春陽!」



目を点にして男を見つめていれば、後ろから小蛇姿の汪李を引き連れた晄が
嬉々として声をかけてきた。



「久しぶり。最近来ないからどうしたのかと思ったよ」
「うん、ちょっと忙しくって。それより晄、あの人は……?」



指差す先にいる人物を見て、晄は「道に倒れていたところを助けたんだ」と説明しはじめる。



「名前も覚えていないようだったから、也空って名付けたんだけど。
 也空、彼女は春陽。俺の友達だよ」



「晄、洗濯終わった」と言い近寄って来た男は、この国ではあまり見かけない風貌をしていた。
日に焼けたとは言い難い、褐色の肌。
男の黒い瞳が、不思議そうに春陽を見下ろした。



「はじめまして也空」
「はじめ、まして?」



取り繕いだような笑みを浮かべた春陽に、也空はコテンと首を傾げ復唱するように言葉を紡いだ。



「也空は住んでいた場所も覚えてないみたいでさ。
 記憶が戻るまで一緒に暮らそうって舜兄たちとも話したんだ」
「莉由殿がよく許してくれたね?」
「あ〜……うん。さすがにはじめは怒ってたけど」



それでも、困っている人間を放り出すほど莉由は冷たいわけではない。
働かざる者食うべからず。
むしろ也空を立派にこき使っているらしかった。

莉由らしいと笑う春陽だったが、一方、

(楓牙様になんて言えば……)

楓牙にどう伝えるべきか考えあぐねていた。
一つ屋根の下で男と暮らしていると知らせれば、楓牙はきっと目の色を変えるだろう。
今ある仕事を放り出しすぐにでも駆け付けかねない。
それはすごく困る。
なんたって今彼が追われている責務は、陝邑へ赴いていた間に溜まったものなのだから。



「晄……」
「うん?」
「也空、五尺。ご飯食べれる?」



晄の袖をクイと引っ張った也空が不思議なことを言い出した。
首を傾げる春陽に対し、晄は理解したのか苦笑を溢す。



「五尺って?」
「五尺より近付いたらご飯抜きにするって、莉姉が決めちゃったんだ」
『我は人形ですら駄目なのだ。それに比べればまだマシだろう』



パタパタと、小さな翼を動かしこちらへやって来た汪李を春陽は抱える。
鼻を鳴らす汪李に、どうやら也空をあまり歓迎していないように見えた。



「ああ、それで……」



春陽にも五尺には近付いては駄目なのかと也空は聞いたのか。
妙に納得する春陽を汪李が複雑そうな表情で見上げる。



「春陽は大丈夫だよ。五尺まで近付いちゃ駄目なのは莉姉だけだから」
「うん」



まるで雛鳥のようだ、と春陽は思った。
それだけではない。
彼の目がまるで幼子のようにも見え、記憶がない云々の話だけでなく本当に空っぽのもののように思える。

(一体どこから来たんだろう)

適度に鍛え上げられたような体付き。
記憶を失くす前は一体何をしていたのだろうか。

ここにいるのは果たして、偶然の出会いだろうか――?

(でも……)

春陽はチラリと、晄と話している也空を見つめた。
この分だと恐らく心配はいらないだろう。
記憶がない見た目が成人の彼も、無垢な子供のようにしか今は見えなかった。

だからだろう。
その後に起きることを、春陽はまったく予想もしていなかった。

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