東方妖遊記小説

□十七
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「春陽は父さんと母さんいる?」



突然の問い掛けに、春陽は也空へと視線を向けた。

この生活にも随分慣れたように見える也空。
彼は近所の人々にも人気があるのだと晄から春陽は聞いていた。
精悍な見た目だけならず、記憶を失い、まるで幼子のような言動がそうさせているらしい。
ただ、話しかけられていく内に彼自身も知識を身に付けていっているようなので春陽は安心していた。
これもまた、そんな彼に誰かが何か言ったのだろうかと、首を傾げ彼を見上げる。



「也空いない。晄も、父さん母さんいない」
「それは……急にどうしたの? 也空」


まさか也空の口から晄の両親のことが出てくるとは思わずに、春陽は慌てて訊ね返した。

晄たち兄弟の両親は、五年前、流行り病により亡くなったと莉由からは聞いている。
飢餓や流行り病、両親の死。
その頃を語る莉由の表情が何よりも当時の心境を物語っていたことを、また、春陽は思い出した。

きっと也空は純粋に聞いているのだろうが。
良い意味でも悪い意味でも、わからないことを正直に聞く也空に苦笑せざるを得ない。



「春陽はいる?」



そうして、再び問われる言葉に春陽はそっと口を開いた。



「……いるよ」



いる。
けれど春陽の返答に彼は怪訝な表情をした。



「父さんと母さんがいる。春陽、悲しい?」
「え――?」
「晄、父さんと母さんがいない、悲しい。
 也空も父さんと母さんがいない。でも悲しくない。
 春陽、父さんと母さんがいる。でも悲しい」



どうして?と問い掛けてくる也空。
一瞬だけ言葉を失くした春陽だったが、困ったように笑い返した。



「どうして、だろうね?……わからない」
「わからない?」



首を捻る也空に、肯定も否定もできないまま顔を俯けた。

幼い頃の記憶ほど朧気なものはない。
例に漏れず春陽もそうだったが、昔から思い出そうとする度に、どうしようもない不安が押し寄せてくるのだ。
それをまた春陽は放ってもいた。

(利條様さえ居てくれればそれでいい)

漠然とした思いなのに、それだけで不安にざわめく心が落ち着く。
だから春陽にとって両親や幼い頃の記憶などどうでもよかった。
そう、利條が――彼が居てくれさえすれれば。



「也空も同じ、わからない。春陽教えて?」



也空の異変に気付き顔を持ち上げれば、そこには珍しく戸惑いの表情を浮かべている彼がいることに、
春陽は少しばかし目を見張らせた。



「……也空?」



不安になり也空の顔を窺えば、彼は自分が抱いていた疑問を春陽へと口にした。

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