斬バラ!小説

□裾を掴む子供のように
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三味線が奏でられ、唄は響き、今宵も祇園の街が華やぎはじめる。






参 裾を掴む子供のように






「今夜はいつもと違ってとても賑やかですね」



奏でられる楽の音に耳を傾ける椿は、後ろにいる青年に向かって振り返った。
祇園の夜はいつも華やかだが、なんだか今日はいつもとは違う気がする。
そんな椿の疑問に、数少ない男衆の一人である青年は「ああ、」とそれまで髪を掻きむしっていた手を下ろした。
どうやら芸妓たちの着付けが済み、一息いれているところだったらしい。



「新撰組が来てはるんや」
「しんせんぐみ……? て、あの?」



青年を見上げながら椿は聞いたことのある名にピンときた。
新撰組とは、町人や百姓などといった浪士達が集まった組織のことで、
攘夷派や不逞浪士の取り締まりをしているのだと、以前、聞いたことがある。
浅葱色で袖が山形模様の羽織を着ているのだそうだ。
残念ながら椿はまだ一度も彼らを見たことはないが、ここのところ夜を巡察する姿も目立ちはじめているらしい。

以蔵は大丈夫だろうか――。

ふと、思い浮かんで不安に駆られた。
あれ以来、椿は以蔵と会っていない。
人斬り以蔵として知られるその彼女は、土佐藩の中でも土佐勤王党という、尊王攘夷派に属していると聞く。
新撰組とはまさに敵対関係。
出会えばただじゃすまないことは椿にもわかる。

僅かに煩くなった部屋の外に気付いた男衆は、チッと舌打ちすると「じゃあな」と椿の頭に手を置いた。
客が揉め事を犯したのか、はたまた芸妓が騒いでいるだけなのか。
確認しに出て行った男衆を苦笑しながら見送ると、椿は窓辺に寄り掛かり何気なく格子の向こうへ目をやった。

祇園へやって来た男達や、芸妓や舞妓が次々に横切っていく。
そんな中で、唯一流れに逆らう人影が一つだけあった。
自然に目で追いかけていると……。
偶然だろうか。
その人影が今まさに思い描いていた人物と重なり、思わず椿は目を見張らせた。

どうして――?

衝動が沸き上がるのを感じた刹那。
部屋を飛び出した椿は、次に揚屋を出ると、その勢いのまま人影が消えていった方向へと迷わず駆け出した。



「(以蔵――!)」



間違いない。
あの人影は間違いなく岡田以蔵、彼女だった。
祇園の街を駆ける椿を周囲の人々が奇異の目で見つめるが、椿はわき目もふらず走り続ける。
ただ一度しか出会わなかった相手に、自分でもどうしてそこまで気に掛けるのかわからなかったが、
彼女に会えば、その理由がわかるのではないかと思ったのかもしれない。

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