小説(・ω・)

□アメリカで!(仮)
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強い。
本当に強い。
榎木津は目の前の男の強さを認める。
自分とここまで対等に戦えた人間などいないに等しかった。
肉薄した実力差。
否、こちらは殆ど本気でやっているのだが、相手が本当に本気なのかはまったくわからない。
世界は広いのだと実感する瞬間。
闘うことに対する愉悦が湧き上がってくる。
突然、ヴィーノが榎木津の攻撃をしっかりと受け止める。
榎木津は不満の色を浮かべてみせる。
それを見て、ヴィーノは一瞬だけ申し訳なさそうな表情になり、話を切り出す。
「なあ、さっきそこにいたちっちゃいヤツ──助手かなんかか?」
「助手なんて上等なものじゃないぞ。ただの下僕一号だ」
寅吉からしてみれば下僕ではなく秘書のつもりなのだからこの言われようは気に入らないだろうが榎木津はつまらないとでも言いたげに、投げやりにこたえた。下僕のことなんてどうでもいいではないか。そんな心情なのである。ヴィーノと闘っている方がよっぽど大切だ。
しかし、ヴィーノが放った言葉はどうでもよくない内容だった。
「そいつ、さらわれてったぜ」
榎木津は彼の記憶の中の寅吉がさらわれていく場面を目撃する。誰がさらったのか、顔まではわからない。さらわれたことはたしかなようだが。
「助けに行った方がいいんじゃないか?」
ヴィーノの言葉に榎木津はそうだなと言いながら溜め息をつく。
「和寅のくせに世話がかかるな」
と、踵を返し部屋を後にする。いつも通り大股で歩いていく。
その後ろから、ヴィーノがついてきた。
「手伝ってやるよ」
今まで闘っていた相手の言葉とは思えない。悪意は感じないのだが。
「いいだろ?」
特に断る理由もないため──否、今まで拳を交えていた人間と隣に並んで歩くなど言語道断という人はいるのだろうが榎木津は違ったのである──共に進むことになった。
屋敷内はしんと静まり返っており、人の気配さえもしない。
壁は和風なのだが洋風のランプが下がっているというよくわからないセンスの無駄に広い廊下を二人は闊歩する。
足音が反響する。
ランプの灯が心許無く揺れる。
榎木津とヴィーノは一つの部屋の前で止まる。
「この部屋だな」
榎木津は軽い確信をもって言った。ヴィーノも異論はないというように頷く。中からは人の話し声が聞こえてくる。かなり小さな声ではあるのだが、屋敷全体が静かな中で、それは人の気配として二人に確実に届いた。
榎木津はその部屋のドアを思い切り開こうとした──のだが、鍵が掛かっていた。
中の人間には気付かれただろう。多少大きな音をたてても問題あるまい。ヴィーノも少しドアから離れ、蹴り壊すように合図を送る。
榎木津は軽く助走をつけ、大きく回し蹴りを入れた。
ドアは見事に、派手な音をたてて粉砕された。
二人は部屋の中へ入る。
中では──。
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