小説(・ω・)

□那玖より 222hitキリリク
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「なぁラック。俺気付いたことがあるんだ」
「…なんですか」
その声音が普段と少し違うような気がして、僕は書類から顔を上げた。今の今まで嬉々として婚約者の惚け話を並べ立てていた男は、夢と現の狭間で揺れているかのようにぼんやりとした表情をしている。

「この世界じゃ、俺はシャーネとお前を同時にこの手で幸せにはできないらしい」
「…」
 ええと、なんだろうこの気持ち悪い感じは。

 とりあえず僕はクレアを真面目に心配していたことを全力で後悔した。馬鹿馬鹿しい。いや馬鹿なのか。
「…馬鹿なんですね、改めて」
「よせよ照れる」
「一回死んできたらどうです?」
「ああ、それもアリだな」

 今度こそ本当に意図が読めなくて、僕は思わず眉間に皺を寄せた。クレアの瞳に生気らしきものは未だ感じられない。その暗い色にざわざわと落ち着かない不安を感じて、僕はできるだけ不愉快そうに聞こえるようにと声を絞り出した。

「らしくないですよ。あなた死なないんでしょう?」
「俺にとっての死はこの世界じゃない別の夢に行くってことだ。それならアリだろ?」
「その夢で、」
どうするんですか、とは地雷のような気がして訊けなかった。しかしクレアは構うことなく話を続ける。僕の薄っぺらい危機察知能力なんてお見通しのように。

「俺はこの世界でシャーネを絶対に幸せにする。でもそうするとラックが幸せにならない」
「勝手に決め付けないでください。私は兄弟やファミリーに囲まれて幸せですよ」
「俺と幸せにはならないだろ?」
「…それはあなたの都合でしょう。いい迷惑です」
「思ってないくせに。まぁとにかく俺は、お前と一緒に幸せになるためにお前を連れて別の世界に行く。いつか絶対に、な」


 僕は2、3回瞬きをして視界を明瞭にした。見間違いでなく、クレアの瞳はぎらぎらと煩いくらいに輝いている。それは限りなく人殺しの瞳、それ故に人を捕らえて愛でようとする色だった。
 エゴだ。ただ自分が幸せになるために僕を道連れにするなんて、そんなことがあってたまるか。 そしてそんなことを、何より誰よりこの僕自身が待ちわびているなんてことがあっていいのか?

「私は不死者ですからあなたがどう言おうとずっとこの世界で生きるんです」
「お前は自分から俺を追うよ。必ずな」

 わかってる。だから余計に腹が立つんだ。この男の世界に一番拒絶されて尚且つ取り込まれているのは僕だなんて、とてもじゃないが笑えない。ひょっとしたら僕はクレアに殺してほしいんじゃないかとも思った。なんてひどい話だろう。


「…ひどいひと、ですね」
「知ってる。この世界で一番どうにもならないのは俺だからな」
「それは普通のことですよ。私だって、一番どうにもできないのは自分です」
「そうなんだ」
「そうですよ」

 本当にひどい話じゃないか。自分がこんなにもクレアに執着していたことに今更気付くなんて、本当、笑えない。

 それなのにクレアは酷く嬉しそうで、微笑みながら呟くように僕の名を呼んだ。僕は返事の代わりに苦笑いを浮かべる。これからの幸せを欠片も望めないくせに笑い合う僕らは滑稽で、僕はやっと胸中で笑うことができた。

「じゃあ次の世界でな」
「ふざけたこと言ってないで生き返ってください」

  待ってますから。そう口の中で呟いた言葉は聞こえていたのか どうか。とりあえずクレアは勝ち誇った笑みを湛えていた。

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