才色飛車〜利き駒の調べ〜
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小田原
「小太郎ー!準備できたよ!馬用意する?」
荷物をまとめた彼方が小太郎の元へとやってきた。
今日はいつものスカートやらショートパンツではなく、武田の女中たちに着付けてもらった着物を身に纏っている。
本来なら昨日出発する予定だったが、おやつを食べたり騒いだりとしているうちに遅くなってしまった。
そのため翌日の朝の出発となったわけだが、彼方はワクワクした様子だった。
「………」
「わっ…!」
ニコニコしながら浮き足立って馬を用意しようとした彼方。
だがその体は小太郎によって抱き上げられた。
「こ、たろ…?//」
「………」
「てめぇえ!Honeyにナニしてやがる!」
その様子を見ていた政宗が文句を言ったが、小太郎は無視して木の上へと飛び上がる。
そして驚いてしがみ付いてきた彼方を優しく抱えなおした。
「降りてこい風魔ァ!そいつを抱いていいのは俺だk……!……!」
政宗の声が遠ざかっていくように聞こえる。
だがそれは小太郎が跳躍し小田原へと足を進め始めたからであった。
「わーっ!早ーい!」
最初こそ必死にしがみ付いていた彼方だったが、慣れてくるとそのスピードを楽しんでいるようだった。
小太郎は腕の中で幼子のようにはしゃぐ彼方を見て胸のどこかが温かくなったような気がした。
そんなことに気付きもしないまま小田原への距離は着実に縮んでいった。
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「こんにちは!彼方と言います!」
「おうおう、元気な女子じゃのぅ。よく来てくれた。儂が北条氏政じゃ。歓迎するぞ」
あっという間に目的地にたどり着いた彼方は氏政の元にいた。
「でもどうして私を?」
「それがのぅ…何か特別な理由があったわけではないのじゃ…。儂も噂の利き駒を見てみたくての。お前さんには迷惑をかけてしもうた」
「ぜーんぜん問題ないです。私も小田原に来てみたかったんですよ。だから気にしないでください」
「そうかそうか!」
「氏政公にも会えましたし、小太郎にも会えましたからね」
「ほんに優しい娘さんじゃのぅ。それよりもお前さん…風魔を名で呼んでおるのか」
氏政は感心したように言った。
あの風魔がなにやら大事そうに抱えてきた娘だ。
珍しいこともあったものだと思っていたが、名を呼ぶ様子に改めて驚いた。
「はい!呼ばせてもらってます。小太郎大好きですからねー、えへへ」
「お前さん変わっとるのぅ。風魔も驚いたじゃろうて」
そう言いながらも氏政は笑顔だった。
まるで人形のように与えられた仕事を恐ろしいほど完璧にこなす忍。
それが風魔小太郎という男だった。
氏政は彼を忍として信頼していたが、同時に人間としては心痛ましく思っていた。
だが彼方をつれて帰った時、小太郎は彼女を包み込むように抱いていて、心なしか彼の雰囲気も柔らかかった。
小太郎のそんな人間らしい一面が見えたことが嬉しかったのだ。
「そうじゃ!風魔に城下を案内させよう!」
「へ?」
「風魔!風魔ぁ!」
氏政の声に、姿を消していた小太郎はすぐに現れた。
「風魔!彼方に城下を案内してやっとくれ」
「(コクリ)」
「ありがとー小太郎!私 城下町って初めて」
その言葉に氏政はまた驚いた。
お転婆だと聞いていた利き駒が城下町に行ったことがないという。
てっきり色々な所で遊んでいるとばかり思っていただけに驚きも大きかった。
「そうか…ならこの小田原の地で初めて城下を見るのじゃな」
「はい。安芸では元就さんにくっついてばかりなので城下に降りたことは無いんです。甲斐や奥州でも城下町を通ることはありませんでしたから」
「なら楽しんでくるが良い!風魔、頼んだぞ!」
「じゃあ行ってきますねー!」
小太郎はまた彼方を抱き上げた。
そしてそのまま姿を消した。
「なんだか孫ができたようじゃのぅ」
氏政の目元の皺が深くなった。