才色飛車〜利き駒の調べ〜
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28 待ち人
「きゃーっ彼方様がっ!」
「誰かーっ!」
女中たちのそんな声が響いたのは良く晴れた朝のこと。
「……なんか大事になっちゃった」
庭の高い木の上で彼方はひとり呟いた。
そろそろ元就が来てもおかしくない、と様子が見れそうな木に登ったまで。
そこが思った以上に心地よく、ボーッと景色を見ていただけなのだ。
高い場所故少し恐怖はあるが、降りようと思えば降りられる。
だがそれを見つけた女中たちは彼方が降りられなくなってしまったのだと思ったらしい。
いくら名を馳せる利き駒と言えど、戦に縁のない女中たちにはただの非力な女にしか見えなかったようだ。
「きっと降りられなくなった猫を助けに…」
「落ちた雛鳥を巣に戻しに行ったんじゃ…」
検討違いである。
「え、っと…降りられるんで大丈夫ですよー」
「そんな!危のうございます!」
「きゃあ彼方様!動かないでくださいませ!」
「………(どうしろと!?)」
降りられるのに降りられなくなってしまった彼方が悩んでいると、女中たちの叫び声を聞いて、慌てた様子で佐助と小十郎がやってきた。
「何!?何があったの!?」
「彼方がどうした!?」
「佐助様!片倉様!」
「彼方様があんな高い所に…!」
佐助と小十郎が上を見上げると枝や葉の隙間から彼方の足らしきものが見えた。
「何やってんだ彼方!」
「今行くからね!」
次の瞬間木の上と飛び、彼方の目の前に現れた佐助。
だが彼方は「あ、佐助さん」と大した反応も見せなかった。
佐助は恐がって自分に縋ってくれるかもなんて期待していただけに、見事に当てが外れてガッカリしていた。
「もー、彼方ちゃんてば。猫でもいたの?」
「んーん、登ってみただけ」
「(ガクッ)登ってみただけ…」
「元就さんまだかなーって」
「…そっか」
「なんか女中さんたち勘違いさせちゃったみたい」
そう言って苦笑した彼方に、佐助も苦笑した。
「とりあえず降りよっか。掴まって」
「うん」
少し照れた様子で手を伸ばしてきた彼方に、佐助の気分も一気に上昇。
彼の手で一瞬のうちに下へ降ろされる。
心配する女中たちに謝ると、ホッとした様子で仕事に戻っていった。