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□First Kiss
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キスをしたいと言ったときの栄口はぽかんと間抜けな顔をしていた。
思ってもみなかったことを言われたというのがわかって絶望的になった。
でも栄口は自分からすると言ってくれて。
勘違いじゃなかったと思って。嬉しくて仕方なかった。
だから、じゃりっと立ち去る音がして。
目の前にあった気配がなくなったのがわかっても暫く阿部は目を開けることができなかった。目を開けて、そこに栄口がいないことを目の当たりにするのがこわかった。
だからってずっとそのままでいられるはずもなくて、阿部はことさらゆっくりと目を開けた。
やっぱりそこには誰もいなく、視線を上げると遠くに栄口が駆けていくのが見えた。

ああ。やっぱり栄口はちがったんだな。
なんだよ。好きって友達とか仲間とかの好きだったのかよ。
それを都合よく勝手に勘違いしてたんだな。
だったら、そうしなきゃと。
お前を追い詰めたいわけじゃないんだ。栄口。
もちろんしばらくはぎこちなくなるだろうけど、栄口とならきっと元どおりとはいかなくても良好な関係を築いていける。
仲間として不自然じゃないようにしなければと逃げた栄口を追って、練習に一緒に参加しようとしたら。
栄口からキスをやり直したいと言われて。喜んで。
でも怒ってるから無理に合わせようとしてんじゃないかって思うとすぐには鵜呑みにはできなくて。
それに、正直さすがに阿部も2度も逃げられたら立ち直れるかわからなかった。
でも必死にちゃんと阿部と向き合おうとしてくれてる栄口を見て。
焦ってた自分を阿部は認識した。

なんだ、栄口も阿部を見てくれてる。思ってくれてる。ってわかった。
逃げられたけど、友達や仲間だけじゃなくて、大切に思ってくれてんだってしっかりと伝わってきた。
だからそんなに急がなくてもいいやって思えた。
抱き寄せて無理しなくていいって言って。
ゆっくりでも少しずつでも構わない。栄口と一緒に進んで行けたらと思えたんだ。
その後の顔を上げた栄口の泣き顔を見て驚いたし、キスしたいって言ってくれたその言葉に胸がいっぱいになった。
どっちからするとかじゃなく、ふたりでしたキス。
嬉しくて愛おしくて。
抱きしめた栄口で阿部の心はいっぱいだった。
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