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□オレンジの空
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それは5月にしては珍しい長雨で。
昨日の夜からずっと続いている雨は今日も一日中降り続いた。

栄口は目の前の光景に呆然としてしまう。
なんだ、これは。
ここは学校から駅に向かう道のはずで。
朝はここを通って学校へ行ったと思うのだけれど。
そこはまるで川のように泥水が溢れ流れていて道とはとても思えない状態になっていた。
だからって家に帰らないわけにもいかないし。
この大氾濫状態の道だって先に進まなきゃいけなくて。
こうやって立ち竦んでいる今だって雨はまだ止みそうにない。
これはもう靴は諦めて突っ切るしかないかな。
「おい。」
「え?」
覚悟を決めていたところに後ろから声がかけられた。
振り向くと随分前に学校を出たはずの阿部がいた。
「なにやってんだ。お前。」
「いや、なにって帰るとこだよ。」
それこそ、なにやってんのとは栄口の言葉だった。
阿部は雨の中、カサも差さずに自転車を押してきたのか随分とびしょぬれで。
確かに雨はだいぶ弱まって霧雨みたいだし、カサだってあんまり役には立たないけれど。
だからって差さないより差したほうがマシなのは言うに及ばないだろう。
「阿部、カサは?」
「自転車でカサ差したら危ねーんだよ。」
「へー。」
でも阿部、自転車乗ってないじゃん。
そうは思うのだが阿部の不機嫌そーな顔を見たら栄口は何も言えない。
なんでこんなに機嫌が悪いのだろうか。雨に濡れたからって理由なら自業自得だろうに。
「で?」
「は?」
「帰んねーの?」
そうだった。問題は阿部じゃなくて、目の前に広がるこの道だった。
「栄口?」
黙りこくった栄口を不思議に思ったのか阿部が再度呼びかけてくる。
「いや、これすごくね?」
行きは道だったのに帰りになったら川になってるとかシャレになんねーんだけど。
思わず阿部に言っても仕方ない愚痴が栄口からこぼれる。
「でもしょーがねーだろ。ここ通らなくちゃ帰れねーんだから。」
「それはそーなんだけどさー。ちょっと躊躇しちゃうんだよ。」
「回り道して帰るか?」
情けなく苦笑する栄口に意外にも阿部からの提案。
えっ?それって一緒に遠回りして帰ろうってことなのか?それとも遠回りして帰れってこと?
阿部がどういうつもりなのかわからず、栄口が返事に詰まると。
「嫌ならいーけどよ。」
すぐに阿部は前言撤回する。
「嫌っていうか……。」
「なんだよ。」
「阿部も?」
「あぁ?」
なんだって阿部はすぐにこんな風にガラの悪い言い方になるんだろう。もうちょっとなんとかできないもんかなー。
そしたら三橋だって他の部員だって阿部におどおどしたりしないと思うんだけどな。
ちょっと、そんな返事しなくてもいいじゃんって思って栄口は拗ねていた。だから戸惑っていた気持ちもどこかへストレートに阿部に聞く。
「阿部も回り道すんの?」
「しちゃ悪いのかよ。」
「悪くないけど。」
なんだか阿部の言動が突っ掛かってきてるような気がするのは気のせいなのかな。
お互いのタイミングも合ってないような。
滅多にないけどごくたまにこういったことが阿部とは起きる。
なんとなくいつもはわかる阿部の考えてることがこれっぽっちも掴めなくて。
どーしたもんかなー。
栄口もいつもならさらっとかわせることがいちいち気になってしまって。
気まずい雰囲気の中、ふたりして黙りこくる。
栄口の視線はだんだんと落ちて、仕舞いには阿部の靴あたりをじっと見つめてしまう。
どうしよう、どうやったら沈黙が続くこの重い空気を打ち破ることができるのか、さっぱり見当もつかない。
どれくらいそうしていたのか、ただ見つめることしかできなかった阿部のスニーカーが動いた。
「栄口。」
一歩踏み出した阿部から声がかかって。そして隣に阿部がやって来た。
「ほら、行くぞ。」
「あ、うん。」
「そのかわりお前カサ差せよ。遠回りしてやんだから。」
「え?」
「俺自転車押してっからカサ差せねーし。」
偉そうに言いながら言う阿部が実は照れてるんだってわかったのは、この瞬間。
さっきのもきっとそう。
面映くて、嬉しくて。
さっきの気まずさもどこへやら、栄口は自然笑顔になる。


自転車押す阿部と。
横を歩く栄口。
そして、奇妙な相合傘。
栄口の手にあるカサが阿部と栄口を雨から防いでいる。

さあさあと降る霧雨の中、遠回りして帰る帰り道。

もう少しこのままでもいいかなと思うのはいけないだろうか。
オレンジ色の空はまだ、また明日。
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