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□Happy Birthday
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今にも雨が降ってきそうなどんよりとした曇り空の中、西浦野球部の面々は部活に励んでいる。
結局阿部は朝練の時間には間に合ったが栄口に声をかける時間もないくらいぎりぎりで。
大急ぎでユニフォームに着替える阿部が目にしたのは栄口の部のみんなから誕生日おめでとうと声をかけられてる姿で。
日が変わった瞬間も、朝一番も阿部は逃したことになる。
プレゼントなんてものは用意できなかった。
部活で店が開いてる時間には間に合わないし、なにをやれば喜ぶのかさんざん悩んでみてもわからなかった。
なにをあげてもきっと栄口ならありがとうと言ってくれるとわかるだけに、一番喜ぶものをあげたいと思って。
だからこそ、ちゃんとおめでとうと伝えたいのに。気持ちだけでも伝えたいと思うのに。
それすら儘ならないこの現状。
阿部はやりきれなさに嬉しそうに笑う栄口から目を逸らすことしかできなかった。

「阿部が遅刻寸前なんでめずらしーな。」
朝練終了後の教室に向かう中となりに立つ同じクラスの坊主、花井から声をかけられる。
「…寝坊したんだよ。」
「栄口、今日誕生日なんだってよ。知ってた?」
「あーまあな。」
「祝ったほうがいいのか?」
「あ?」
花井の言うことがわからず眉間に皺が寄る。
「いや、ほら三橋んときに俺ら祝ってもらったじゃん。」
「いいんじゃねーの。別に。」
「それがさ、田島が昼休みに祝おうって言ってんだよ。三橋もなんか乗り気だし。」
祝ったほうがいいのか、と聞いてはいるけどそれって既に祝うのが決定してるも同然だった。
花井がわざわざ聞いてきてるのは事前に知らせなかった場合の阿部の反応がコワいからだろう。
伺うような視線が上から降ってくるが阿部は知らない振りをする。
部の奴らから栄口が慕われてるってのは知ってるし。三橋なんかが懐いてるのも知ってる。
それでも独り占めしたいと思ってしまうのを阿部は止めることができない。
「いいんじゃねーの。俺は用があっから行かねーけど。」
「え、用って?」
「今日委員会の仕事が入ってんだよ。」
「そーなのか?」
「ああ。」
それは嘘ではないが行けないほどの用ではなかった。
なるべく仕事のない委員会に入ってたし、もうひとりの委員も気をきかしてくれてあまり時間が取られないようなものしかやってない。
それを口実にしてでもみんなに祝われて嬉しそうな栄口を見たくなかった。
なんだよ、じゃあ俺ひとりで田島抑えんのかよと悲愴な面持ちとなった花井が呟くのに阿部はにべもなくご愁傷様と返す。
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