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□Happy Birthday
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一日が終わる帰り道。
今日だけは一緒に帰りたくて、栄口を寄り道に誘おうとする巣山の前に帰ろうぜと声をかけたものの。
阿部の機嫌は良くはならない。
せっかくふたりきりになれたってのに。
脳裏に浮かぶのは他の奴らに祝われて喜ぶ栄口ばかりで。
おめでとーと言われる度律儀にありがとうと言う彼は本当に嬉しそうで。お礼を言われた側も嬉しそうに笑って。
その間に入って、見んな笑うなと。どれだけひどい独占欲に苦しんだことか。
「阿部。顔、こわいよ。」
黙り込む阿部に栄口が声をかけてきても。もやもやはもやもやのままで。
「…地顔だよ。」
「なんだよ、俺なんかしたかー?」
「………」
答えない阿部に呆れたのか栄口は阿部を置いて少し早く歩きだす。
後姿に悲しくなる。
こんなはずじゃなかったのに。
ちゃんと祝って、ふたりの思い出になるような一日にしたかったのに。
「知ってた?俺、今日誕生日。」
栄口からのその言葉に阿部は返す言葉を持たない。
そんなの、かなり前から知ってた。ずっとずっと今日一日祝ってやりたいって思ってた。
「他のみんなからおめでとーって言ってもらったんだけどさ。阿部からはまだなんだよね。」
それも知ってる。みんなから祝ってもらってるその姿を今日一日どんな思いで見てたと思ってんだ。
照れながらもありがとうと笑って答えてる栄口にそんな顔をさせたかったのは自分なのにと何度悔しく思ったのか知れない。
昼休み、阿部が栄口のところへ行くことはなかったし。
その後の部活でも阿部は栄口に近寄れなかった。避けてたといってもおかしくないくらいに。
「せめておめでとうくらい言ってよ。」
前を歩く栄口の声だけでは何を思ってるのかわからない。

――俺が言わなくたって一日嬉しそうだったじゃねーか。

理不尽だとは思っても誤魔化すこともできないくらい阿部はどうしようもなくイラついていた。

「まあ阿部にとってはどーってことないことだとは思うんだけどさ。」
心なしか栄口の口調が頼りなくて。
どうってことなくなんかない。ずっと思ってた。おめでとうって言いたかった。
それでも素直になれない阿部はなにも言えなくて。
「阿部に言ってもらいたいんだ。」
黙り込む阿部に栄口はそんなことを言う。
それを阿部が拒めるはずがなくて。
「おめでとう。」
阿部の口からポロリと零れた言葉に、ありがとと小さく言う栄口はいまだ前を歩いていて阿部からその表情はわからない。
喜んでくれないのだろうか。他のみんなから祝われてたときみたいに笑ってはくれないんだろうか。
顔が見たくて足を速めて追いつくと栄口はそんな阿部をわかっていたのか顔を逸らす。
「なんだよ。」
「いや、ちょっと。今は、こっち来んな。」
慌てたように阿部より前を行こうとする栄口に不安になる。
「なんで?」
「なんでって。なんででも!」
ますます気になって横に並んで覗き込もうとすると栄口の短い髪では隠れようもない耳が赤くなっていて。
照れてるんだ。
栄口が照れてる。阿部の祝いの言葉に。
嬉しくて阿部は笑みがこぼれる。
「照れんなよ。」
「照れてねーよ!」
思わず振り返って噛み付いてくるその栄口の姿にすら煽られて。耳だけじゃなく頬を赤く染めてる目の前の栄口にもう一度。
「誕生日おめでとう。」
目を丸く見開いて驚く栄口に笑いかけてやると。
「ありがとう。」
本当にそれはそれは嬉しそうに笑うから。
キスをしたいとこの後言っても構わないだろうか。それとも言ったら怒られるだろうか。照れるだろうか。
もしくは不意とついてキスしてしまおうか、阿部は幸せな悩みを持つこととなった。


Happy Happy Birthday!!!
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