初恋にまつわる5題

□真っ直ぐにしか、愛せない
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「アレン、お前戦略なき戦術って言葉知ってる?」
「…知ってますよそのくらい」
「じゃあそれを実践しなきゃな」



笑う笑う勝者の優越、敗者の憂鬱。




誰にだって一人になりたい時がある。共同生活の教団では何処にいったって無人の場所などないに等しいが広大な書庫だけは違った。


科学班御用達の堅苦しい論文や数学、物理の公式集からさまざまな類の娯楽小説まで世界中のありとあらゆる文献が集められた少し埃っぽい書庫は広々としていて、何より静かだった。

静寂に満ちた書庫はアレン・ウォーカーのお気に入りの場所の一つだった。


足繁く通う書庫には大抵いつも先客がいた。


誰よりも勉強家で、才能に溢れた人物が。



光が眩しい午後。
さらりとした乾いた空気が吹きぬける窓の近くで赤毛の青年がのんびりとページを繰っていた。

彼にとって言語は大した問題ではない。どの国の言葉であろうと、何世紀の言葉であろうと、だいたいの書物を原文で読める。

羨望と、少しの苛立ちが混ざった視線に気づいた青年はラテン語で書かれた本から目を上げにかっと笑った。

「よお、アレン。よく書庫にくるなぁ。他にやる事ねぇのか?」
「その台詞そっくり返しますよ。ラビこそいつもここにいて、暇人にも程がありますね」
「俺は真面目だからちゃんと勉強してるの」
「この前資料を間違えてブックマンに怒鳴られてたじゃないですか」
「あれはいーの」


喋りながらも目は休むことなく活字を追いかけているその器用さが言い様もなく癪にさわって、思わず口走ってしまった。


「ラビって、いつも余裕ですよね。一生懸命取り組まなくても80%くらいの力で上手く立ち回れるっていうか。そうやって全てを手にいれてきたんでしょう?」


しまった、とハッと気づいて口を閉じたときにはラビの翠の瞳はしっかりと自分を捕らえて鋭い光を放っていた。

偽ることには自信がある。だが今の言葉では、勘のいいラビのことだ、きっともうすでに疑惑は確信に、

「アレン、お前戦略なき戦術って言葉知ってる?」
「…知ってますよそのくらい」
「じゃあそれを実践しなきゃな」

くっくっくと小さく笑う赤毛の青年は本当に楽しそうだった。
「結構本心みせなくて俺もぼんやりとしか疑ってなかったんだけど。まだまだアレンもお子様さね。それじゃあ誰でもわかるさ」

目はまたせわしなく活字を追いかけている。口元に微笑みをたたえたまま。

「戦略なき戦術。つまり場当たり的なことではなく長期的な視野をもって行動しろってこと。アレンは計画によって動くことができていない」


「じゃあどうすればいいんですか」
「それ普通恋のライバルに聞くー?いいよ、教えてあげる」

全力を出さなくても。必死にならなくても。彼は僕よりずっと上で。

「初恋は叶わないってもんなんさぁ。大人しく諦めるんさね。俺、譲ってやる気さらさらないし」


ぺらり、とページが捲れる音がやけに大きく響いた。


彼はもう僕を見てはいない。




僕は不器用で、計画なんて作れないんだ。お子様と言われたって、事実だから反論できない。

行く先は見えている。僕は敗者。この結果は万に一つも変わらないだろう。


わかってる。わかってるけど。

貴方のことをどうしても想ってしまうんです。


真っ直ぐにしか、愛せない。

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