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□悲哀
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世の中にはどんなに努力したって報われないことがある。
どうしようもなくて、受け入れなければいけないこと。諦めなくてはいけないこと。
例えば、血のこと。血縁のこと。
司令室に向かう道のりが遠い。教団にはエレベーターだって完備されてるがいかんせん建物自体が古いので圧倒的に階段の方が多い。
任務明けで体力がない時には地獄の階段責めで最後の気力を奪われる。
ラビが這いずるようにして階段地獄に挑戦している時に反対側からリーバーがやってきた。冷えピタを貼ってコーラを飲みながら軽い足取りで歩いてくる。あんな爽やかなリーバーは久しぶりだ。絶滅危惧種となった幸福を捕まえたようだ。
「よぅラビ!!任務お疲れ!!」
笑顔と共にクマがくっきり。クマってこんなに黒くなれるんだ…。
「リーバー久しぶりさね。なんだか嬉しそうさ?」
「よくぞ聞いてくれた!!書類が全部はけたんだ!!奇跡だよ!!こんな日がくるなんて…!!」
喋っている内に感情が昂ってしまったらしい。泣き出した。
背中を撫でながらこの人苦労してるんだな…と考えて思わずもらい泣きしてしまう。階段の途中で泣いている男二人を周囲が不審な目で見る。
「俺、食堂でなんか食ってくるよ。2日食ってないし足元がふらつくんだよね」
ようやく泣きやんだリーバーがそうこぼしたことによってラビの涙はますます止まらない。
「ラビもはやく報告いけよ。神田、帰ってきてるぞ」
途端に元気が出てきて、単純な自分に苦笑い。
「ありがと。リーバーも食べて、はやく寝るさ」
「あぁ。寝るのは4日ぶりなんだ」
また涙が溢れてきたがそこは男。我慢して最後の三百段を駆け上がる。
床に散乱した書類に滑らないよう細心の注意を払いながら室長の机に近づく。
コムイは何ものっていない机に頬杖をついてコーヒーを飲んでいた。
「コムイー!!リトアニアでの任務終わったさー!!」
「お疲れさま、ラビ。怪我もないようでよかった。だいたいのことは同行したファインダーから聞いてるから君はゆっくり休んで疲れをとって」
「優しー!!ところでさぁ」
「ユウってどこにいるかわかる?」
コムイは一瞬きょとんとしたがすぐに微笑んで答える。
「昨日の昼に帰ってきたんだ。今日はリナリーと鍛錬するって聞いてるよ」
「ふーん。そっかぁ」
今午後8時。もう部屋に戻ってる頃だろう。
ぼんやり考えてるとコムイが笑った。
「僕もリナリーにはだいぶ固執してるとこあるけどさぁ」
「君も神田君にはすごいよねぇ」
思わず、目を逸らした。
返事がなかったので勝手に部屋に入るとユウは鍛錬の時の恰好のままベッドで寝息をたてていた。
あれだけサラシはやめろって言ったのに。他の男の目を全く気にしていない。困った姉だ。
俺とユウは姉弟だ。年は同じなのだけれど。いわゆる異母姉弟、ってやつ。血が半分繋がっているはずなのに驚くほど似ていない。
だからこんな気持ちを持ってしまうんだ。
はじめて会った時から好きだった。ユウが姉だってことは知ってたけど――この気持ちは止まらなかった。
寒そうに震えたユウに布団をかけてやる。髪を解いて寝やすくする。
美しい黒髪をなんとなく弄びながら想うのは世の不条理。
神様、なんでこの人だけと決めた相手と結ばれることはないのでしょうか。なんでユウが姉なのでしょうか…。
眠るユウにキスを落とす。額にする、家族のキス。これが恋人のキスに変わることは永遠にない。
愛してるよ、ユウ。すごく愛してる。だけど君と僕は決して交わらない。
ベッドの中でユウが微かに微笑んだ気がした。