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□嘘の偽り
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任務はいつ入るかわからない。立て続けにくる時もあればずっと暇で飽き飽きしてしまう時もある。戦争は流動的なものなのだ。



任務がない時間大抵ラビは自室か書庫にいた。体がなまったかなぁと思った時に鍛錬場に赴くくらいでもっぱら読書や資料のまとめで日を過ごしているのが普通だった。

その隣には至極当たり前のように神田がいた。互いにあまり喋らないがラビはこの空間が好きだ。穏やかで、自分が安心出来る人と一緒にいられる空間って想像以上に幸せなものだ。

「ラビ…ここの意味がわからない」
「えっと…どれ?あーこれはドイツ語さね。“喜び”って意味さ。今度ミランダに聞いてみるといいさ」
「あいつ俺のこと避けるんだよ!!やっと捕まえて話しかけても視線絶対に合わせようとしないし」
「ミランダは人見知りするんさー。ユウははじめ冷たい人間にみられがちだけどもうちょっとたったら仲良くなれるさ」
「そうか…ありがとな」


俺はきっと恋をしているんだと思う。でなきゃ笑って礼を言うユウを見てこんなに胸がざわつかないだろう。ユウの行動、表情、しぐさ、全てが俺を惑わせるんだ。



「なぁラビ」
ユウが俺の心を読んだように切れ長の大きな黒い目でじっと見つめてくる。
やめてよ、ユウ。心臓が痛いよ。鼓動がうるさくて君の声がよく聞こえない。




「お前のこと好きだぜ」


「…………マジ?」
「俺が今まで嘘ついたことあったか?」
くつくつと楽しそうにユウが笑う。そして腕を急にひっぱられて―

「本気だ、バーカ」

え?なんだか唇に何かあたった感触が…。もしかして、今の?



「そのくらいで固まるなよ、次期ブックマン。めちゃくちゃ間抜け面だぜ」
「……ユウがかっこよすぎるんさ…」






あの日からずっと俺とユウは付き合っている。そんなに変わった所はないのだけど。


「ラビ…聞きたいことがあるんだ」
数ヶ月たった三月の黒々とした闇が辺りを覆う夜中に珍しくユウが部屋を訪ねてきた。


どことなく、思い詰めた表情をしていた。
そして、言った。
「歴代のブックマンが記録しているという『裏の歴史』を教えてくれ…!!極秘だってことはわかってる!!迷惑だってことも、わかってる…!!だけどラビのこともっと知りたいんだ!!」
ラビの翠の瞳が、揺れた。







足早に自室を目指して歩く。呼吸が速く、浅くなっていることに自分で気づいて思わず笑ってしまう。立ち止まって深呼吸をすることにする。落ち着け、と繰り返しながらまた歩きだす。

ようやく部屋にたどり着く。焦って鍵がうまく扱えない。ドアを破壊したい衝動に駆られるが、抑える。そんなことをしたら人が集まってしまう。


中に入ると鏡がある。別に身だしなみの確認の為に置いている訳ではない。
目を閉じ、意識を集中する。


鏡は姿を映すもの。


目を開ける。ノアとなった自分がいる。

笑いが込み上げてくる。世界の存在が可笑しい。自分の中途半端さが可笑しい。



自分に騙される、ラビが可笑しい。



「あはははははッ!!!!」
気がすむまで笑い続ける。腹筋が痛い。涙が出る。

「たいしたことねぇな…ブックマンなんて」
鏡の中のノアを一瞥してベッドにダイブする。スプリングがぎいぎい軋んでうるさい。だから教団のベッドは嫌いなんだ。

「ペラペラ喋って…後は内容を千年伯爵に報告すれば終わり、っと」


ラビなら…次期ブックマンなら知っているだろうという予想は当たった。しかも全然疑われずに聞き出せるなんてツイテル。利用のしがいがある。




俺は嘘は言ってない。
ただ俺の存在自体が嘘なんだ。
残念なことに。


「これからもよろしくな、ラビ」

ノアの証を額に浮かべた聖女は綺麗な笑みを作り呟いた。
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