ゲーム系SS

□いずれ至る過去
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 大きな屋敷に一人。
 私は彼の帰還を待っている。


 大河の家で暮らしていた私が衛宮の家に住まいを移したのは、残り少ない私の命、少しでも彼と一緒にいたかったからだ。
 しかし私がそこでの生活に慣れ、一人で留守番できるようになると、彼は頻繁に家を空けるようになった。
 彼はいつもの調子で「これから世界中を見て回るんだ」、なんてパパみたいな事を言い、本当に実行した。
 それからはずっとその調子。
 一ヶ月いないなんてコトはザラで、酷い時は半年に一度しか帰ってこなかったコトもある。
 衛宮の家は広い武家屋敷で、半分入り浸っている二人を除けば、住んでいたのは私と彼だけ。
 子供の姿のまま成長できない私には衛宮の屋敷は広すぎて、途方にくれた事もある。

 それでも、その生活が好きだった。


 そんな生活が好きだったのだ。
 彼が追われるようになるまでは。
 そうなった頃に大怪我を負い、家に転がり込んできた時が最後。
 追っ手がいる以上、帰って来るのが困難だということは分かっているけど……――

 私は、ふと屋敷の庭に感じた気配に顔を上げた。
 今は草木も眠る丑三つ時。
 住宅地であるこの辺りは死んだように静か。
 こんな時間に忍び込むといえば真っ先に泥棒を思い浮かべるが、衛宮邸に仕掛けられた警報結界は反応していない。
「――……イリヤ。起きてるか?」
 私はベッドから出て窓を開ける。
 そこには待ち望んだ人の顔があった。
「久しぶり、お兄ちゃん」
 私が挨拶して場所を空けると、彼は窓からするりと部屋に入ってきた。
 窓とカーテンを閉めてからようやく彼は私に向き直る。
 そして、仏頂面を少し緩めた。
 これが普段の彼の笑顔だと私は知っている。
「久しぶり、イリヤ」
「いつまでいれる?」
密航し(乗っ)ている船に忍び込むことを考えたら後一時間くらいかな?」
 思った通りあまり時間はとれないようだ。
 私は彼の赤い外套を引っ張った。
「じゃあ、お茶にしましょ。今日のおやつに買ったクッキーが残ってるの。私、シロウの淹れた紅茶が飲みたいわ」


 お茶を淹れるシロウを近くで眺める。
 シロウは元々日本茶派だったけど、凛を訪ねて倫敦へ行った時に彼女とそのライバルに仕込まれたらしく、今はかなりのレベルの紅茶を淹れられる。

 ――凛のことを思い出したら、彼女の騎士の事を思い出して泣きたくなった。

 多分、シロウはもう帰ってこない。
 シロウの容姿は、かつて見た彼と寸分と違わない。
 色が抜け落ち私と同じ色になった髪も、鋼の色に灼けついてしまった瞳も、褐色に変色した肌も。
 ――彼が偶然手に入れた聖骸布で仕立てた外套も。
 全ての条件は整っている。
 彼は一年以内に死を迎えるだろう。
 そして世界に組み込まれる。
 だから。
「…………ごめんなさい」
 呟くように謝った。
 私は彼を殺す。
 それはいずれ来る過去の話だ。
 私は、私が一番殺したかった一番守りたくなる人を、この手で殺してしまうのだ。
 シロウは私をぎゅっと抱きしめてくれる。
「いいよ。イリヤなら」
 シロウは私の謝る理由を分かっているのかいないのか、そんな風に即答した。
 聖杯戦争という分岐点はとうに過ぎ去っている。
 他人が介入することで、多少遅らせる事は出来るだろうけど、それだけでしかない。
 桜や凛や大河、そして過去へと還った彼女、彼の運命に深く関わってきた人達にも。
 そしてここから動けない私にも。

 彼の運命を変えることは、もうできない。

 どのくらい抱き合っていただろうか。
 シロウが身じろぎして、時計を確認した。
「……そろそろ行くよ」
 熱が離れる。
「ええ。気を付けてね」
 少し惜しかったものの、私はお決まりの台詞を言った。


 残ったのは、冷えて渋くなってしまったお茶と、シロウに持たせたために空になったクッキーのお皿と私。
 それでもシロウの淹れてくれたお茶だから最後の一滴まで飲み干して、後片付けを済ませて自室に戻った。
 ベッドにダイブして、小さく息をつく。
 聖杯戦争を生き残りはしたけど、余命一年を切っていたホムンクルスたる私のカラダ。
 この冬木の地で霊脈の力を少しずつ貰うことで長らえてきた。
 だからここを離れることは出来なかったけど、それでも十分生きることが出来た。

 大きな屋敷に一人。
 私は彼の帰還を待っていた。

 きっと、もう彼は帰ってこない。
 なら私は最後まで彼の帰る場所になれただろう。
 誰をも受け入れる場所が故郷なら、私は最後まで彼の故郷になれただろう。

 だから。


「ああ――安心した」


 私は、目を閉じた。


***** *END* *****

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