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□君主は奇しくも心揺れいて
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なんや最近よう苛立つ。


理由はうちに居とる副隊長の子。






「隊長、全て終わりました」

「もう終わったん?えらい早いなぁ、助かるわ」

書類を抱えてボクの席まで来たイヅルに何事なく云うた一言。

「いえ…」

遠慮がちな返事をしながら、頬を染め始めた。

ボクそない褒めたか?
"助かる"云うただけや。

些細な事に一々見せよるこの反応が、ボクを妙に苛立たせる。



丸見えの感情



うざったい。



普通は好かれても嫌な気なんかせんのやろう。
せやけどボクの場合、他人に心を奪われる理由が分からん。
何の得がある?
感情振り回されて面倒なだけやろ。

何よりボクがこの子に興味あらへん。

「隊長、手が空いた事ですし、新年に備えて一緒に執務室の掃除をしませんか?」

真面目。

次から次へと、えらい働くんが好きなもんやなァ…。
真面目過ぎて面白みの欠片もあらへん。

「ボクもすんの?」

「折角ですから…一緒に」

そうやってすぐボクを誘う。
すぐ「一緒に」って誘って来よる。お前はボクと一緒がええか知らんけど、面倒な掃除まで誘われたら迷惑や。

この子に想われるんはほんまにうざったいで。

「隊長のボクが何で掃除なんかせなあかんの?したかったら、イヅルが一人でしたらええやん」

「あ…はい…。申し訳ありません…」

冷たい科白を掃き捨てれば、途端に沈んだ表情。落ち込んどる姿をあからさまに見せよる。

濡らした雑巾を絞るイヅルは、今にも泣きそうな顔やった。


それが重いんや。

一緒の部屋おるだけでしんどい。






それでもイヅルを傍に置いとく理由、

「イヅル、ボクが出入りしとる窓がえらい汚れとる。外出て綺麗に拭いて来て」

「は、はい!」

便利やからや。
ただそれだけ。



今日は特に冷える。
そないな中でも、寒空の下にイヅルを放り出した。
ボクの命令は何でも聞きよる。実に便利やと思う。



ああ、もひとつぐらい気に入っとるとこあるわ。

虐め甲斐がある。
ええ暇潰しや。



濡れた雑巾を持ち、冷えた窓硝子に手をつけ、冷たい風に当てられながら懸命に窓を拭く姿を、ぬくぬくとした室内から面白可笑しく眺めとった。



冷えきった体で室内に戻って来るや否や、休ませる事なく、冷たい床に両手両膝をつかせ、隅々まで磨き上げろと命を下す。

手ぇ冷たそうや。余程寒い事やろう。
そう考えながらくつくつと笑うた。ボクはな〜んもせんと。



見飽きれば、床に這いつくばらせたまま放置して散歩へと出掛けたんや。















「えらい寒うなって来たわ!」

隊舎に戻ったんは陽が沈んでからやった。
はよ中で暖まろと思い、瞬歩で塀を飛び越えると、裏庭の水場でしゃがみ込んどるイヅルを見つけた。

冷水を流し、汚れた雑巾を洗っとる。



…今の今まで掃除しとったんかいな。
肌に突き刺さる冷たい風が吹いとる中、水に手を浸してそないゴシゴシ洗わんでも…。適当に済ましたらええのに。

呆れるぐらい真面目な子…。






「痛っ…」

「手ぇ、あかぎれとるやないの」

「あっ…!お戻りでしたか。
ピカピカにしておきました。時間が掛かってしまいましたが…」

振り向いたイヅルは痛々しい手で雑巾を握り締め、捲り上げた袖口から覗かせた腕は鳥肌が立っとった。

ただ、出迎えの顔だけは満面の笑みで…。





「貸し」

イヅルの手に収まっとる雑巾を奪い取ると、水場にしゃがみ込み、代わりに洗い始める。

冷とぉて適ん…。あかん、手ぇ痛過ぎるわ。

何をしとるんかと自分でも思う。



「隊長っ!それは僕がっ」

「ええから。痛いやろ……手」

「あ…ありがとうございます…」

この子の性分か。いつなり申し訳なさそうな顔しよる。
ただ…ボクの隣りにしゃがみ込み、ボクの袖口が濡れんように袖を掴んどるイヅルが…、酷く可愛らしゅう見えた。


案外この子に興味があるらしい。



「隣りおるんならもっとこっちくっつき。寒いやろ」

「は、はい…」

控え目に寄り添って来たイヅルの頬はこれでもかと朱く発色し、嬉しそうに笑いよる。
せやけど笑みを零した唇は青白てなんや色悪い。

勿体ないなぁ…






「イヅル」

「っ……んっ…!」

せやから唇塞いだったんよ。

「それで幾らかあったかなるやろ」

なんや…
結構気に入っとるんや…。






「たっ、隊長…!僕っ、隊長の事……す…好きなんです…」

「知っとるよ」

「迷惑…ですか?」



「…全然」



帰ったら薬塗ったるな。




-完-


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