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□眠るかれを眼の前に/修イヅ
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やっと見つけた。



今日は一日中隊舎内に居ると聞いた。
なのに檜佐木さんが何処にも見当たらず、ずっと九番隊の隊舎内を探し歩いていた。



「此処…仮眠室なのかな?」



こじんまりとした狭い一室。中の座敷からは敷き詰められた畳の匂いがほわんと漂っている。

室内を覗けば、畳の上で横になり、小さな肌掛けを纏って眠る檜佐木さんが居た。



「呼び出しておいて、こんな所で寝てるなんて酷いですよ」

檜佐木さんの隣りに座り、閉ざされた瞼に向かって呟く。

「酷いです」と云いながらも、そのあどけない寝顔に、つい笑みが零れてしまう。

「忙しかったんですね」

畳の上に散らばる原稿。
東仙隊長が居なくなり、隊の一切を取り仕切る他、瀞霊廷通信の編集長まで担っているのだ。
九番隊の副官は大変だ。



「ん……」

すると、檜佐木さんの唇から小さく洩れた声。
眠る中、眉を顰め、手探りで肌掛けを捜している。
どうやら肩が寒いらしい。

そんな死覇装じゃあ、当然だ。


「年中そんな恰好で居るからですよ」

だけど決して嫌いじゃあ無い。

脇腹に掛かる肌掛けをそっと掴むと、肩まで引き上げた。
すると、指先と彼の腕がそっと触れ、体温が伝って来る。
袖から覗かせている質のいい筋肉に触れると、ドキッとさせられる。…いつも。

ほらね、嫌いじゃあないんだよ。

何より良く似合ってる。恰好良いと思う。

寧ろ好きなのだろう。



檜佐木さんの特徴だから






檜佐木さんだから。









「…ん……吉良か。いつ来たんだ?」

声がしたと同時に視線がふっと絡む。眩しそうに片目だけを僅かに開かせた檜佐木さんが見上げて来た。

「ついさっきです。檜佐木さんが呼んだのに」

「わりぃ…」

「いいですよ、横になっていて下さい」

体を起こそうとした彼の肩にそっと手を添える。
この雰囲気が…、何故か落ち着いた心温まる空間に思えて自然と微笑んでいた。



「じゃあ…もうひと眠りだけ。悪いな、昨日あんま寝てねぇんだ」

「檜佐木さん…っ」

そう云って檜佐木さんが頭を置いたのは、僕の膝の上。



「何朱くなってんだ?嫌か?」

「嫌じゃ……ないですけど…」

無邪気な笑顔で見上げて来るから…。









「吉良、……髪、…撫でて」

何故か檜佐木さんが口にする一言一言に笑みが洩れてしまう。
穏やかな刻の流れに乗り、和む気にさせられる。

「僕だって今や三番隊の一切を任されているんですよ?僕も暫く休みが無くて疲れているんですけどね、」

冗談混じりのちょっとした意地悪な科白も、心が和んでいる証だろう。

「そう云うなって。後で代わってやっから。少しだけ…いいだろ?」

「これじゃあどっちが先輩か分からないですよ」

零れる笑みは絶えない。



やがて、ふんわりと檜佐木さんの髪に手を添えれば、彼はくすっと小さく笑い、すぐに瞼を下ろしてゆく。

「おやすみなさい…」














色々あった。

大変な時期が暫く続いていた。

今も連日業務に追われ、気の休まる事を知らない。

だが、檜佐木さんと居るひと時だけは僕に安らぎを与えてくれる。

ゆとりのない時間の中でも、今こうして檜佐木さんの髪を撫で、触れ合っている間は時間が止まっているような…、そんな安らかな心地良さを感じる事が出来る。



「檜佐木さん、ちゃんと休暇取ってますか?随分と休みの日を一緒に過ごしてませんね」

一定のリズムで黒髪を梳かしながら、寝ている檜佐木さんに話し掛ける。
当然返事は無い。

たとえ彼の耳に通らなくとも、ただ一方的に語り掛けたかった。

「ここ数日は凄く天気がいいですね。何処かでゆっくり俳句をしたためたいなあ…。………そうだなぁ、緑のある所!自然に囲まれて」

止まない語りかけ。



「檜佐木さんと行きたいな…」
















「お前次の非番いつ?合わせてやるよ」

「起きたんですか!?……聞いてたんですね…」

「後で日程揃えようぜ」

柔らかく微笑む貌。
不意に伸びて来た彼の手は、僕の髪へと回された。







「次の休みは吉良の行きてぇとこ行こうな…」

そして引き寄せられると、唇をしっとりと奪われた。






染まった頬

次の休みはそんな頬と同じ色した陽が昇る、晴れ渡った日になるといい。
仄かな願いを乗せ、格子窓の先を見つめた。












-完-


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