銀魂
□右肩の蝶
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鮮やかな蝶が描かれている着物を私の肩に掛けながら、高杉は私に口付けた。
高杉のキスは、いつも苦い。例え煙草を吸っていてもいなくても、ほろ苦い。
「高杉」
「あァ?」
「何か、切ない」
なぜ切ないなんて感じたのか、自分でも分からない。
でも、キスをした瞬間にギュッと胸が締め付けられた気がした。あの苦いキスのせいだろうか。……分からない。
高杉はぎこちなく私を抱き寄せた。女の扱いは慣れていると豪語していた割りに、その腕は微かに震えていた。
らしくないね、高杉。
「俺もだ」
「震えてるよ」
「…テメェもな」
もしも私達が敵対していなければ、こんな感情を味わうことはなかったのだろうか。
私が真選組だったばっかりに、高杉が鬼兵隊だったばっかりに。私達はこんなに切なくなって、こんなに後悔することになってしまったのだろうか。
……分からない。
それでも、唯一分かっているのは、私達は境界線を飛び越えてしまったということだけだ。
敵と味方という境界線を。
きっと、出会った瞬間に越えてしまっていた。
「…高杉」
「……」
「もう、楽になりたいね」
キスをしても辛くなるばかりなら。
いつも、高杉に恋い焦がれて苦しくなるばかりなら。
いっそ何も感じないように。楽にしてほしい。
「何を、」
「楽にさせてよ…。アンタにしか出来ない」
「俺にテメェを殺せと言うのか」
「アンタにしか、出来ないの」
出来るでしょう、と問うと、高杉は泣きそうな目で私を見た。
……らしくない、そんな目。
「高す」
「もう、やめろ」
高杉が抜刀した。
……これで楽になれる。
そう思い、私は瞳を閉じた。
――しかし、私に訪れた痛みは微かなもの。それからはいつまで経っても痛みは訪れない。閉じていた瞳を開けると、高杉は刀を投げ捨てて私をきつく抱き締めた。
息が、詰まりそう。
「テメェだけ楽になろうなんて考えんな」
「……」
「こんだけで充分だ」
チリ、と頬に痛みが走った。
きっと高杉が付けた傷だろう。
「俺だって楽になりてェさ」
左肩から着物が落ちた。
右肩に掛かる、蝶の着物。
高杉が好んで着る着物。煙草の香りがした。
「もう戻れねェんだよ、俺達は」
二度目の苦いキス。
切なさと、愛しさと、苦しさと、後悔が入り交じっていた。
私達はもう戻れない。
境界線なんてとっくに飛び越えてしまっていて、それがどこにあるか忘れてしまったから。
苦いキスに、私は溺れていった。
END
2009 08 26