駄文倉庫【D-1】
□わからない、だから …雅季
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……クスクスという笑い声で目が醒めた。
いつものようにいつもの場所に手を伸ばしたのは習慣というもので。
だけどその手は空を掴んだ。
……そこに置かれている筈の物がそこになかったから。
でも探し物はすぐに見つかった。
自分の傍で横になっている笑い声の主、その見てくれがいつもと異なっていたから。
「……返してくれない? 僕の眼鏡」
冷たく言うと、彼女はまたクスクスと笑って応じた。
「却下します」
「どうして?」
「あなたの見る世界を見てみたいから」
彼女は顔に合わない眼鏡のブリッジを押し上げた。不覚にもその姿にドキッとしたなんて口が裂けても言えない。
「このフレームに切り取られた世界を、ね。
あなたと同じ世界を見たら私、もっとあなたを理解できるかも知れないと思ったの」
「……それで理解できたの?」
変わらぬ調子で問うてやると、案の定な答えが返ってきた。
「ちっとも」
「……だろうね」
ため息をついた僕に、彼女はまたクスクスと笑って言った。
「あ〜あ。ちょっとでも雅季君に近づきたかったのになあ」
彼女の考えることはいつも不可解だ。
思考回路があまりにも違いすぎて、僕は彼女が、彼女は僕がわからない。
だけど。
「いいよ。理解しなくても。その気持ちだけで十分だから。
……それに、わからないから知りたくなるんだ。わかってれば好奇心がわかない。興味が持てない」
混じりっけ無しの、僕の本音。
他人に興味が持てない僕をかき立てることができる、君は唯一の他人。
こんなことを思うのは、君だから。
こんなことを言えるのも、君だから。
「そうね。私も、わからないから知りたくなるんだわ、あなたのこと。
でも全部わかっちゃったら……飽きちゃうかもよ?」
悪戯に微笑む彼女から、僕は眼鏡を外した。
そしてそれをサイドテーブルに戻しながら、きっぱりと言った。
「そんなことはさせない。
それで君が僕の傍に居てくれるんなら……一生君を飽きさせない」
「……それ、プロポーズのつもり?」
「さあ。どうだろう」
ニヤリと笑うと、彼女は『降参』と肩をすくめた。
「解らないわ。……教えて?」
「わかったら飽きちゃうんでしょ? だったら自分で答えを見つけなよ」
「……意地悪。ちゃんと言ってくれなきゃわかんないことだってあるのよ?」
「知ってる」
僕は彼女の耳元で、彼女だけに聞こえるように囁いた。
「……でもそれは、また今度。
もっと、ちゃんと、言わせて?」
また、今度。
君に相応しい時と場所で、ちゃんと君に告げるから――
――待ってて。