とれじゃーぼっくす

□ ・志乃様より・
 『涙のち笑顔の特権』西園寺雅季
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サァァァ…



雨が…

雨が静かに降っている…





君が

泣いているのだと

そう想った







雨は止みそうにない…









紫…

君と付き合い始めてから

幾つもの季節を一緒に過ごしてきたけれど


泣いた君を前にすると

やっぱり僕は

未だにどうしていいのかわからなくなって

困ってしまう

どうすれば笑ってくれる?











コンコン…



扉をノックする音がした

でもその後の反応がない





でもその音の主はわかっている

紫だ…







君は泣くと決まって

僕の部屋に来ては扉を叩き

何も言わずにそのまま立ち尽くしている





扉を開くと

そこにはやっぱり目に涙を浮かべた紫の姿があって

無言で部屋へと招き入れると

いつものようにソファに並んで座る





僕が声を掛けても

泣いている理由を訊いても

顔を覗き込んでみても反応がない





その濡れる頬を両手で包み込み

唇にキスをひとつ落とすと

ようやく顔を上げ

その大きな瞳からたくさんの涙を零して

僕の胸の中でまた静かに泣き出した…











サァァァ…



カーテンの向こうを見遣ると

まだ雨が降っていた

君が泣くと必ず雨が降る

雨が降るから君が泣くのか

君が泣くから雨が降るのか…



それでも決まって

そのときに降る雨はとても柔らかな雨で

そんな雨の中

静かに君を抱くのは心地よい…










確かに心地よいけれども

それでも僕は

やっぱり紫の笑顔が見たいんだ












涙が溢れる君の瞳

その瞳に唇を寄せて

そっとその涙を吸い上げた



少しでも君の頬が濡れないように

少しでも笑顔へと近付けるように







「…しょっぱい…」

そう小さく呟くと

「…ふふ…雅季くんったら…」

僕の言葉にようやく紫が少しだけ笑う







塩辛い涙から甘い涙へ変わるように

何度も君の涙を吸い上げてはキスをする





泣き顔から笑顔になるように

何度も強く抱き締めては安心させる





「くすぐったいよ」

紫はそう言って目を閉じた



僕にはこれしかできないけれど

でも徐々に君の涙が晴れてゆく

カーテンの外にも光が差し始めた









紫…

本当は君の泣き顔も好きなんだと言ったら

君は怒る?





泣いた君を前にすると

笑顔にしたいと強く想う

そして君が笑顔を見せたとき

君の泣き顔も悪くないって想うんだ





だって

君は涙の中で笑ってくれた

泣き顔を笑顔へ変えることの出来る

それを一番近くで見ることのできる

僕の特権

この特権はこれからも先

誰にも譲らない









でも

泣いた君を前にすると

やっぱり僕は

どうしたらいいのかわからなくて

困ってしまうのも事実

でもその中で

君を笑顔にできる方法を見つけることがでるのなら…

それもまたいい













僕はゆっくりとまだ涙の残る紫の手を取り

立ち上がる



そのまま部屋を出て

階段を駆け下り

玄関から外へと飛び出した





雨はいつの間にか上がっていて

遠くの

虹が掛かる空へと向かって歩き出す












雅季くん、どこへ行くの?




紫はどこへ行きたい?




雅季くんの行きたい所ならどこでもいいよ




それじゃあ

もっとふたりが一緒に笑顔になる方法を

このまま見つけに行こうか…




 

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