とれじゃーぼっくす

□ ・志乃様より・
 『最後の晩餐』西園寺雅季
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今日の晩餐は君に相応しいものを揃えたんだ。
さあ、ゆっくりと二人で味わおう。
そして祝おう、今日この日を…。




カチャ…。何も知らないで帰宅した紫が自室へと入って来た。
僕の存在に気が付かないのか、ベージュのコートを脱ぐとそのままウォークインクローゼットへと向かってしまった。

僕も彼女を追って、二人で狭いクローゼットの中に閉じこもってしまおうか。
紫の退路を塞いで、コートとコートの間に押し込んで、酸素が足りなくなるくらい唇を封じて。
紫を涙目にする。
そんな潤んだ瞳に見上げられる僕は何とも言えない痺れに背中がじんとするんだ。





…なんて考えたけれど。
紫はスルリと逃げるのが得意だった。隙を見つけるのが巧い。だったら捕まえに行くよりも、待っていた方が得策。

僕はゆっくりとポットからティーコゼーを取ると、茶葉の開いた紅茶を白いティーカップに注いだ。
海外から取り寄せたキャッスルトンのセカンドフラッシュの茶葉だ。

『私の血液は紅茶で出来ているの。』

そう、随分前に紫が言ったのを覚えている。
そう言えば紫はいつも紅茶だった。そして何より要さんの淹れる紅茶がお気に入りで。柊さんの淹れる紅茶よりもやっぱり微妙な差が御堂さんにはあるのよね、と力説をされた。
僕が要さんに強い嫉妬をしていたことなども知らずに。





そんな紫だから、紅茶の香りがすればクローゼットの中だろうと飛んで来るだろう。
ほら、高貴で爽やかな香りが部屋に広がってゆく。

案の定、すぐに紫はクローゼットから姿を現した。口角を上げながらニコニコとしている。

「…紅茶!?」
「…そうだよ、キャッスルトンのセカンドフラッシュ。」
「あ、雅季くん。」

…君って人は。
僕に本当に気付いていなかったんだ。何だか紅茶に負けた気分だ。用意したのは僕だっていうのに。

でも。

「雅季くんが淹れてくれたんだ?ありがとう。外寒かったし、早く温まりたいなぁ。飲んでいい?」

君の笑顔に毒気を抜かれてしまう。
嫉妬も君を捕まえるのも、もう良くなってしまう。

「わあ、大好きなアップルパイまで!」

なんてそんなキラキラ瞳を輝かせられたら何も言えない。寧ろそんな紫を今度はいつまでもみていたくなる。





「よく私の大好物知ってたね!」

僕を誰だと思ってるの?

「わあ、贅沢だなぁ。」
「……だって、もしかしたら今夜が最後の晩餐になるかもしれないでしょ?」
「…不吉なこと言わないでよ。」
「別に悪い意味で言っている訳じゃないよ。もしもの話。その時は大切な相手とその相手の大好きなものを食べたい。それが今日ならこれを選ぶ、と思っただけ。」
「…紅茶と、アップルパイ?」
「前に紫が言ったの忘れたの?『最後の晩餐にはご飯じゃなくて上等な紅茶とアップルパイがいい。』って。」
「言った…かな?」
「確かに言ってたよ。それに今日は君の誕生日だ。最後の晩餐に食べたいくらいのものを用意したかったんだ。」

紫はポカンとしていたが、僕の促しで紅茶を一口飲む。
やっぱりみるみるうちに頬が緩んで自然に笑んでいた。





「やっぱり私の血液は紅茶だ。血液が求めてる。」なんて嬉しそうに何杯も僕の淹れた紅茶をお代わりしてくれた。





まだまだ最後の晩餐を迎える訳にはいかないけれどね。
だって、また来年も紫の誕生日を二人で祝うのだから…。

こうして熱い紅茶と、焼きたてのアップルパイ。
そこに君と僕。
いつまでも変わらないで…。








Happy Birthday…
Dear Yukari…




 

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