とれじゃーぼっくす

□ ・志乃様より・
 『緩やかな崩壊を掻き消す雨音』御堂要
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ざあああああ。

外から地面を打ち付ける強い雨音が静かな部屋に響く。
部屋の中は暗く、ようやく暗闇に慣れた目がぼんやりと浮かび上がる天井をずっと見つめていた。
天井を見上げてはいるが、天井は見えていなかった。

私の目の前を巡るのは先程の雨の中での出来事…。
私を一瞥して睫毛を伏せた貴方の深い呼吸が聞こえてくる。

睫毛は小さく震えていた。
睫毛が濡れていたのは、雨のせいだったのだろうか。それとも…涙だったのだろうか。





私と御堂さんは今から数時間前、西園寺家の、まだ花開かぬ薔薇園の最奥に無言でただ佇んでいた。

ざあああああ。

二人の間には雨雫とその地面を殴り付ける音しかなくて。御堂さんは私の遥か先を、私はその背を見つめながらただただ雨に濡れていた。

一体何が発端だったのだろう。
きっと些細なことだったんだ、始まりは。
でもいつしか話の内容は私たちの関係に及び、輪郭のない曖昧な私たちを改めて触れざるを得なくなった。

勿論、私は納得していなかった、こんな曖昧さ。だって私が欲しいのは、傍にいて欲しいのは御堂さん。貴方だけなの。

それを知っているはずなのに。
『申し訳ございません。紫お嬢様にもこれ以上はお答えすることが出来ません。』と御堂さんは目を伏せると、雨足の強い外へと出ていった。





ざあああああ。

御堂さんが歩いて歩いて。
私が追って追って。
辿り着いた場所が薔薇園の最奥だった。
あまりの雨の強さに薔薇の葉も激しく弾ける。
御堂さんの背中は悲しく濡れて震えていた。

小刻みに震えて。拳が握り締められた頃、手放す覚悟でも決めたのか、ゆっくりと私の方に向き直る。私の頬にはいつしか雨ではない温かい雫が伝っていた。

この人の『答え』が出れば私たちは終わる。いや、そもそも始まってすらいなかったのだ。
ただ輪郭が出来る、それだけだ。

向き直った彼の睫毛は小さく震えていた。
睫毛が濡れている。それは雨のせいなのだろうか。それとも…涙なのだろうか。





ざあああああ。

いっそう強まる雨音は薔薇園の中に私と御堂さんを閉じ込めた。
伏せていた睫毛を持ち上げると御堂さんはゆっくりと、真っ直ぐに私を捕える。
その濃紺の瞳に縛られるように私は動けなくなり、そしてその真っ直ぐの瞳の奥の、一人で背負う気の殺した気持ちが私を揺さ振った。



「…なん…でっ…。隠したって…伝わるモノは伝わっちゃうのっ…。」
「紫様…。」
「…手放す覚悟よりも自分を押し殺すだけじゃないっ…。それは私も一緒に押し殺されるも同然だわ…っ。だったら…貴方が私の想いを…止めてっ。」
「………。」

ざあああああ。

雨の中に叫ばれた私の声。私の世界を御堂さんに擲ち、私はそのままその場から駆け出した。
御堂さんを激しく打ち付ける雨の中に一人取り残したまま。振り返らずに流れる涙と雨に頬を濡らしながら。




 
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