とれじゃーぼっくす
□ ・アニエスカ様より・
『困らせたい』一条慎之介
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今日は私の誕生日。
でも深夜まで続いたドラマの撮影であっさりと12時のチャイムはなり、私の時間は終わってしまった。
撮影が終わりスタッフやメンバーがささやかなお祝いをしてくれ、全てが終わった頃には時計は2時を指していた。
「今日は疲れただろう」
車に乗り込むと山田さんがポンと頭を叩いてくれる。
「スケジュールが空けれなくて悪かったな」
腕時計を見ながら苦笑いしてかけてくれた言葉に私は首を振った。
「仕方ないですよ、ドラマの撮影は。私一人の都合で撮影を延ばすわけにはいかないですから。
それにドラマってその時の流れとか勢いってすごく大事だから、それを勝手な都合で壊したくないですし」
「相変わらずお前はクールだな。そういう部分ではプロ意識が高くて助かるよ」
「それってどういう意味ですか」
皮肉混じりに聞くと山田さんはフッと笑った。
「どうせ、このあとあいつのところへ行くんだろう?自分の立場をわかっているんだろうな?」
「…今夜ぐらい許してください。夕方に終わるはずの撮影を8時間オーバーでがんばったんですから」
山田さんの方を見ずに答えた。
するともう一度頭をポンと叩かれる。
「送っていってやる。深夜に出歩かれるのは無用心だ」
山田さんらしい優しさに、激務の後の固まった心が一気にほぐれた気がした。
「ありがとうございます…」
礼を言うと私はシートに深く身体を預け目を閉じた。
慎之介さんのマンションにつくと私は合い鍵で中へ入っていった。
明かりがついていて幾分ホッとする。
起きててくれたんだ…。
へとへとの足でそろりと廊下を進むと中から声が聞こえてきた。
どうやら次のドラマの台本を読んでるらしい。
私はそれをドアの曇りガラスからそっと覗いた。
真剣な眼差し。
気迫溢れる台詞回しや演技。
普段の明るくて茶目っ気のある慎之介さんとは違うプロの表情。
私はこの表情が好きだ。
慎之介さんからプロ意識とは何かを学んだ気がする。
オンとオフの切り替えができる彼にみるみる間に惹かれていったんだ。
なかなか私の前では見せてくれない表情を今目の前で自分だけが見ているんだと思うと、ギュッと胸が高鳴った。
だからか、
知らない内に手が力んでいたんだと思う。
気づけばうっすら開いていたドアを開けてしまっていた。
「紫ちゃん!おかえり〜!遅うまでようがんばっとったなー!お疲れやで〜!」
私に気づいた慎之介さんは真剣な表情から一変し、満面の笑みで私を出迎えてくれた。
両手を広げて近づいて私をギュッと抱きしめる。
甘い…慎之介さんの香りがして少し肩の力が抜けた。
「どうやった?撮影。長時間やと集中すんの大変やろう?」
「大丈夫。良い流れが出来てその波に乗れたよ。誕生日に良いものが撮れて嬉しい。でも遅くなってごめんなさい」
「そんなん気にせんでええねん。自分が満足できる仕事が出来たって言えることなんてなかなかないねんから。ええことやん!」
慎之介さんはギュッとさらに力を込めて抱きしめた。
「く、苦しいよ、慎之介さん」
オーバーなスキンシップが恥ずかしくて思わず押し退ける。
でも内心嬉しかった。慎之介さんならどんなに遅くなってもそう言ってくれると思ってたから。
だから私がんばれたんだよ。
「苦しい?そない言いなや〜。俺紫ちゃんが帰ってくるの、ずーっと楽しみに待ってたんや〜。
あんまり遅いからケーキ一人で食べてまうとこやったわ!」
冗談めいてニコッとお茶目に笑い、私にチュッとキスを落とすと冷蔵庫からケーキを出して来てくれた。
私の大好きなチーズケーキ。
このチーズケーキは珍しく上にココアパウダーがかかってある。
ちょっとビターな大人味で「黒いチーズケーキ」は珍しくとても人気だ。
すぐに売り切れてしまう。
購入するのはとても難しい。
でもチーズケーキの中でもコーヒーによく合うこの店の味が私は大好きだった。
「慎之介さん…これ…」
「紫ちゃん、好き言うてたやろ?だから俺、今日買いに行ってん。」
「だって仕事は?」
「そんなんお姫様は気にせんでええから。早よ食べよ!」
慎之介さんはご機嫌そうに蝋燭を並べていく。ライトを消して蝋燭一本一本に丁寧に火を点していった。
「HAPPY BIRTHDAY TO YOU〜♪」
パチッとウィンクしながらハミングし始める。
「HAPPY BIRTHDAY TO YOU〜♪
HAPPY BIRTHDAY DEAR 紫ちゃ〜ん♪
HAPPY BIRTHDAY TO YOU〜♪」
パチパチパチパチ〜!
と、大袈裟に手を叩いて見せる慎之介さんに思わず笑顔になった。
「時間過ぎてもうたけどお誕生日おめでとう、紫ちゃん!
さ、ぁ、火消して!女の子らしく、可愛くフゥッとやで!」
「もう!そういうフリいらないよ…」
慎之介さんらしいフリが大好きなんだけど、可愛くなんて…私そんなキャラじゃないし…。
困って顔をしかめた私を慎之介さんはいきなりギュッと抱きしめた。
「紫ちゃんの困った顔、めっちゃ好きやわ。可愛すぎる。………もっと困らしていい?」
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