駄文倉庫【D-1】

□雨に切り取られた世界に、二人 …雅弥
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 青かった空が黒くなった。



 いきなり夜になった訳ではない。
 青空が黒雲に覆われただけだ。

 だけどそれは夕立の到来を告げるもので、このまま行けば遠からず雨に遭うだろうことは容易に想像できた。

 当然それは私の隣を行く雅弥君も思っていたようで、空を見上げる顔は渋い。自然早足になる雅弥君を追って私も小走りになる。コンパスが違うから、なんて悠長なことを言っている暇はなさそうだ。



 遠くで雷の音がした、気がした。
 と思っていたら、今度はハッキリした稲光。






「……走るぞ!」



 突然の雷に竦んだ私の手を、雅弥君は有無を言わさず掴んで走り出す。ぎゅっと強く握られた手が熱い。

 また雷が鳴った。雲がより厚くより黒くなってきた。間違いなく一雨きそうだ。
 私はできる限り早く走った。それでも前を行く雅弥君の走りには余裕が見えて、自分の体力の無さが恨めしくなる。



 一瞬、頬に痛みを感じて足を止めそうになった。おかげで雅弥君に強く手を引っ張られた形になってつんのめりかける。
 『痛い』と思ったのは大粒の雨滴が頬に当たったから。そう気づいたのは、それが腕にも頭にも頬にやった手にも当たってはじけだしたからだ。グレーのアスファルトが一気に黒く濡れていく。






「……、こっちこい!」



 到底家までは間に合わないと踏んだのだろう、雅弥君が右手に進路を変更した。
 私の手を引いたまま近くにあった公園に入ると、ちょうど目に留まったトンネル型の遊具の下に私を押し込んで自分も潜り込んだ。

 バチバチと、煩い位の雨音。
 そして弾ける雨の粒。
 さっきまでの夏空が欠片も想像できない景色が、遊具の外には広がっていた。






「思ったより狭いな」


「二人で雨宿りする分には十分だよ」



 何気なさを装って私は言った。

 ドキドキ言う心臓の音は聞こえても構わないだろう。だってあれだけ走ったんだから。
 かなりの距離を走ったことより、近すぎる雅弥君との距離に心臓が高鳴ってるなんて、きっと気づきはしないから。






「止むかなあ……」


「降り出したばっかだからな。まだもうちょっとかかるかもな」






 鞄からハンドタオルを取り出して顔を拭く。だけど小さなハンドタオルでは、到底髪の毛までは拭いきれないだろう。
 さてどうしようかと思案していると、私の頭に何かがかけられた感触が。






「ちゃんと頭も拭いとけよ。お前髪長いんだから」



 雅弥君が鞄から引っ張り出したスポーツタオルを、私の頭にかけてくれたのだ。
 どうしよう。さり気ない優しさが嬉しい。






「ありがとう。でも雅弥君は?」



 雅弥君のがないんじゃない?と続けようとしたら、手にしたハンドタオルを取り上げられた。






「これでいい」


「ええ!? だってそれ使っちゃったし! 雅弥君こっち使ってよ!」


「俺はこれで事足りる」






 そう言った雅弥君は、止める間もなく小さなハンドタオルで顔と頭を拭いだした。
 その姿に私はタオルを取り返すことを諦めて、大判のスポーツタオルに顔をうずめた。乾いたタオルはおひさまと雅弥君の匂いがする。安心する匂い。



 すき。だいすき。



 囁きよりも小さな私の呟きは、バケツをひっくり返したような雨音にかき消されて、到底本人に届くはずもない。
 だけど今はそれでいい。今は、まだ。

 私は丁寧に髪の毛を拭いだした。






 激しい雨は外界と私たちを完全に隔離してしまった。
 狭い遊具の下、肩が触れる位の近すぎる距離に戸惑う私は、一向に治まらないドキドキの理由に雅弥君が気づかないことを、ただ、祈っていた。




 

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