駄文倉庫【D-1】

□好き、だから余裕のない俺を君はどう思うだろう …修一
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 今日も僕の可愛い彼女は、

 にこやかに、フレンドリーに、男たちに笑顔を振り撒く。






「……だからそれを止めて下さいと、前々からお願いしてるんですが」


「どうして?」






 可愛らしく首を傾げる最愛の人に、僕は言葉に詰まって彼方を向いた。



 ……言えるはずがない。

 嫉妬しているなんて。

 彼女が僕以外の男に目を遣って、あまつさえ笑顔を向けることに。



 僕は彼女の前では、完璧で大人でスマートな彼でいたいから。

 だから僕はいつも、本音を包み隠してこういうのだ。






「……男は狼ですからね」


「もー! またそう言う!
大丈夫だよ? みんなとっても優しくていい人なんだから」






 彼女の答えもいつも同じ。

 そりゃあ、あわよくば、の下心があれば皆優しいだろう。
 だけど純な彼女はそんなオトコゴコロには気づきもせずに、『みんないい人』の一点張りで。



 『いい人』と『好きな人』は必ずしもイコールではありませんよ、こと女性にとってはね。



 要君はそう言うが、それでも僕は心配で心配で……以下エンドレス……とにかく仕方がないんだ。






 だって彼女はこんなにも可愛い。
 だって彼女はこんなにも可愛い。
 だって彼女はこんなにも可愛いんだから。










「……だったら、素直にそう伝えればいいだろう?」


「うわっ!」






 どうやら思考に没頭していたらしい。
 予期せぬ声に飛び跳ねると、いつの間にか傍らに呆れ顔の要君が立っていた。手にしたトレイには湯気の立つコーヒーカップ。






「あれ……俺……口に出してたか?」


「だだ漏れだ。よっぽど余裕が無いんだな」






 言いながら要君はコーヒーカップをソーサーごと机に置いた。今日は頼んだ覚えはないが、眠気覚ましにいつも所望するエスプレッソの深い香りが、ぼんやりした意識を覚醒させる。



 ああ、確かに。

 確かに俺は余裕がないんだ。

 僕の方がオトナなんだから、余裕を持って彼女を受け止めたいんです。
 スマートで格好いい、大人な彼氏でいたいんです。
 だけど到底、僕は大人な彼氏とは程遠くて……
 こんな情けない僕が本当に彼女に相応しいのか、いつも不安で仕方ないんです。

 だって彼女が絡むと、俺はいつも余裕を保てなくなるから。






「……余裕のない男を、女性はどう思うのかな?」






 思わずポツリと漏らした呟きは、意識しないが故の本音で。
 呟いた後でハッと気づいて、済まない、忘れてくれと俺は言ったが、要君は独り言めいた答えを返してくれた。






「……自分のために余裕を無くすんなら本望だろう」






 そうして何事もなかったかのように部屋を出て行った。






 いいんだろうか?
 彼女のことならこんなに余裕がなくなる俺で、彼女は本当にいいんだろうか?
 余裕がなくて、情けなくて、子どもっぽい嫉妬心を隠せもしない、こんな俺でいいんだろうか?



 いつの間にかコーヒの湯気はすっかり消えていた。
 冷めたエスプレッソを一口啜ると、ほろ苦い香味が口中に広がった。それは俺のごちゃごちゃな気持ちと同じ味で。






「……たまには、本音を見せてみるかな……」






 誰よりも俺を理解してくれている親友に感謝しながら、俺は一気に残りのコーヒーを飲み干した。



 折しも扉をノックする音が聞こえた。控えめなノックが三回。これは彼女の叩き方。

 どうぞ、と応えると薄く扉を開けて顔をのぞかせるだろう、いつものように。
 そんな君を、俺はだいたい椅子に腰掛けたまま迎える。

 だけど、今日は。






 どうぞ、と言う前に俺が扉を開けよう。
 そうしてきっと目を丸くする君を、部屋の中に引き込んでそのまま抱き締めてしまおう。

 好き、だから余裕がない俺を君はどう思うだろう?



 少年のようにドキドキしながら、俺はコーヒーカップをソーサーに戻して立ち上がった。




 

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