駄文倉庫【D-1】

□ただ、共に在る …御堂
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 笹の葉、さらさら。
 軒端に揺れる……



 だが今宵、金銀砂子は見られない。










「御堂さん」


「なんでしょう?」






 大きな窓から雨模様の空を見上げながらお嬢様は口を開いた。

 そろそろ宵闇に閉ざされる時間、しかし星も月も分厚い雲に覆い尽くされて見えはしない。それでもお嬢様が空を見上げるのは、今日が七夕だからだろう。案の定、続く科白は私が思った通りのものだった。






「どうして七夕って、梅雨の真ん中にあるんでしょうね。
織姫と彦星は一年に一度しか会えないのに、それがこんな雨ばっかりの時期だったら、会えない可能性が高くなるだけでしょう?」






 一年に一度しか会えない恋人たちに水を差す雨を、お嬢様はどう思っているのだろうか。怒っているのかそれとも嘆いているのか。その背中からは窺い知れない。

 だが。






「それは違いますよ。
七夕は本来は旧暦の行事ですから、現在の暦ではひと月ほど後になります」


「そうなんですか」


「ええ。現代の七夕は梅雨空ですが、本来の七夕は梅雨の明けた夏の夜空の下で星を仰ぐものだったのだそうですよ」






 さらりと自分の知りうる知識でフォローを入れたのは、お嬢様を喜ばせたいが為であって。

 恋に現を抜かし共に在れる時間を自ら捨て去った愚かな恋人たちの為では決してない。






 ──そう。
 織姫と彦星は、自らの役目を放棄して恋に現を抜かしていたから、年に一度しか逢うこと適わなくなったのだ。

 だがそれでも彼らは天帝に認められた恋人同士。

 想い人に毎日目通り叶う私の想いは、しかし誰にも認められることはない。──当人にさえも。






 誰からも認められ、愛し合う代わりに滅多に会えないのと。

 毎日会っていながら、一方的に想うだけで愛など語ることも出来ないのと。










「……一体どちらが幸せなのだろうか」


「え?」






 思いに囚われていたから──だろうか。うっかり思考を口に出していたのに気づかなかった。訝しげな顔をしたお嬢様に、私は咄嗟に笑顔を貼り付けて言い繕った。






「すみません……なんでもありません」






 そうですか、と小さく呟いて、お嬢様は再び外の雨空に目を戻す。つられるように私も黒く暗い外を見遣った。雨は止む気配もなく、天気予報も降水確率90パーセントと宣っていた。今日は雨は止まないだろう。






 ──本当は。

 雨が降れば天の川の水が増水するから、カササギが二人の橋渡しをするのだと知っている。
 結局雨は二人の愛に水を差すことはできないのだ。



 それでも雨を願うのは、ただ想うことに疲れたからかも知れない。















「私なら……一年に一度しか会えないなんて嫌です」


「え?」






 それは思いもよらない言葉だった。

 声は平静を取り繕えた。だから動揺したことは、お嬢様には気づかれなかっただろう。変わらず外を見ているから。



 沈黙が落ちる。私はお嬢様の言葉を待った。言の葉の続きが聞きたかった。










「……私なら、やっぱり……好きな人の傍に居たいです。
たとえ片思いでも……認められない想いでも……離れてるなんて耐えられない……」










 果たしてそれは独り言だったのか。
 それとも私に向けた科白だったのか。



 お嬢様は振り返ることもなく、またそれ以上何も言わなかった。だから私は何も解らなかったし、何も答えられなかった。
 ただ私は、一歩だけお嬢様の傍に歩み寄った。







 今の会話で変わったものは何もなく。



 それでもお嬢様の想いは、今の私の想いを肯定してくれているようで。






 ──だから、私は貴女が──






 お嬢様と共に窓越しの空を見上げながら、私はただ、好きな人の傍らに在れる今という幸せを噛みしめていた。










 それは稀少な宝石よりも尚貴重な時間。




 

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