駄文倉庫【D-1】

□私が飽きるまで …柊
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「またですか。今度は何に飽きられたのですか?」


「気になるの?」


「いえ、別に」



 質問に質問で返した彼女の言を否定すると、彼女は愉しげにクスクスと笑った。
 それから着ていたジャケットをスルリと脱ぎ捨て、自分はドサッとソファに腰掛けた。……些か行儀悪く。






「……ま、いいわ。
飽きたのは今の彼氏よ。あれほど面白みのないオトコだとは思わなかった」


「で、フってしまわれたのですか」


「まだよ。会うのも面倒になったから会ってないもの。
……でも、次が最後になるのは間違いないわね」






 もうその話は終わりとばかりにパタパタ手を振る彼女。俺はわざとらしくため息をつき、床に落ちたジャケットを拾おうとしゃがみ込んだ。
 視線を感じ顔を上げると、彼女のどこか愉しげなそれが、何故か自分に向けられていた。この目は――










「……どうか、しましたか?」


「どうしてかな、と思って」


「何がです?」


「何で柊さんのコーヒーは飽きないのかな、私。どうしてだと思う?」






 俺もそれは疑問に思っていた。だが、当の本人がわからないのに俺がわかるわけがないだろう。俺に聞かれても困る。






「飽きられないのはありがたいことですね。毎日のコーヒーに頭を悩ませなくていい分、俺は他の仕事に従事できますから」



 とりあえずそう返しておくと、彼女は目を見張り、そして笑った。






「そんな答えが返ってくるとは思わなかったわ」


「そうですか」


「やっぱりあなた、おもしろいわ。とっても興味深い……」






 そう言って彼女は笑った。優美に、妖艶に、可愛らしく。






「……そうですか」



 対して俺の返事は素っ気ない。
 俺に興味を持たれても、はっきり言って迷惑だし、面倒臭いニオイがぷんぷんする。俺の返事は、これ以上興味を引きたくないがための予防線、のつもりだった。



 だが。










「興味を持たれたくないのはわかるけど、諦めて頂戴。それはあなたがどうこうできるものではないわ。もちろん私にも」


「あなたの意志でしょう?」


「いいえ。いかに私と言えど、欲求にはかなわないのよ」


「人は欲求を抑えることができる動物だと思っていましたが」


「知りたいと言う欲求ほど強いものは無いわ。私にとっては、食欲よりも睡眠欲よりも強いものよ」


「……そうですか」






 俺には到底理解出来ない。食べるよりも寝るよりも知りたいもんだろうか。

 彼女はじっと俺を見つめていた。観察されている感じがして酷く居心地が悪い。






「理解出来ない……って顔してるわね。
じゃあ考えて。なぞなぞが解けたときってスッキリしない? ミステリーを読んでて犯人がわかった時って嬉しくない?
私にとっては、知ったときの充足感こそ最高の幸せなのよ。だからもっと次を求めてしまう。その無限回廊に陥ってしまったら最後、そこから抜け出すことはできないわ」






 彼女は陶然とした瞳で俺を見ていた。だが本当は、遥か遠くにある何かを見ているようだった。憧れの人を見つめるかのような熱い視線が向けられているのは俺ではなくて。

 謎々にもミステリーにも興味はないが、今彼女の瞳に映るモノは何か、それには少しだけ興味を覚えた。










「ふふ。今ちょっと心が動いたでしょ?」


「……いえ」



 ほんの僅かなぶれは、到底俺の顔に現れるはずもなくて。
 それでも彼女はそれに気づき、楽しそうに言うのだ。



「認める気はないのね」


「何もありませんからね」






 俺の答えに、彼女は脚を組み替えた。わざとらしくため息をつく。そしてわざわざ、じゃあ、と前置いて紅唇を開いた。










「仕方ないわね。私は令嬢としての権利を行使させてもらうわ。
命令よ。私の傍に居なさい。私が満足するまで、私を満たしなさい。……あなたが淹れるコーヒーと同じように」










 ……そう来たか。俺は額を押さえた。

 『令嬢』の命令ならば『執事』の俺は逆らえない。従わざるをえないのだ。



 だが――






 満足するまで。



 言い返せば飽きるまで。






 それはいつまで?










「……できるだけ早く飽きて下さいね」


「ふふ。それもどうかしら」






 彼女の笑みはあくまでも謎めいていて、答えを窺い知ることは、俺には到底出来そうもなかった。




 
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