駄文倉庫【C】
□企画『お題道場』第8回
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title…太陽の君に恋い焦がれ
character…柊 薫
俺は、棘を纏うことに決めた。
誰も近寄らないように。
誰も心に触れないように。
心を堅い殻で閉ざして、棘を纏ってしまおうと。
そうすれば俺も相手も傷つかない。
深入りすればするほど傷つくのだから、深入りされなければ、たとえ傷ついたとしても傷は浅く済む。
そう。
それは最良の方法に思えた。
そして実際うまくいっていた。
彼女に出逢うまで――
「柊さん」
「柊さん」
「柊さんっ」
彼女は始終俺を呼ぶ。
呼ばれたとしてもそれは九割方、用事とも言えない些細なことで。
忙しい身としては放っておいて欲しいのだが、彼女は呼ぶだけでは飽き足らず、むしろ金魚の糞のように俺の後をついて回りながら、世界の時事から明日の天気まで、実にとりとめのない話をし続ける。
一体彼女はどうしたいのだろう?
もっと真っ当な話し相手は、この屋敷には腐るほど居るだろうに。
どうして俺なんだ?
考えてもさっぱり解らない。
毎日毎日、取り留めのない話に適当に相槌を打ちながら、俺はそれでも考えずにはいられなかった。
どうして、俺なんだ?
「行ってきます」
今日も彼女はいつもと変わりなく、笑顔で挨拶をして家を出た。俺は夕方まで、束の間の静けさを味わえる筈だった。
だが、騒々しさに慣れた身には、静謐は酷くつまらなく思えた。
変わった自分。変えられてしまった自分。変化など望んでいなかったのに、ゆるゆると、しかし確実に彼女に浸蝕されつつある自分。
(……まずいな)
無意識に服を掻き合わせる。そうすることによって、心の棘をも掻き合わせるように。
思い出せ。何のために心に棘を纏ったのかを――
執事室の電話が鳴った。俺が手を伸ばすより早く、御堂が受話器を取る。レトロな受話器を耳に当て、話を聞いていた御堂の顔色が変わった。
「お嬢様が……事故に……」
色を失った御堂が繰り返す言葉が、酷く遠くに聞こえた。
じ……こ……?
太陽が暗雲に覆われたかのように、辺りが真っ暗になった気がした。
不意に、北風と太陽の話を思い出した。
厚い衣は冷たい北風には用を成すが、太陽に暖かく優しく照らされたら……要らなくなってしまう。
ああ。俺は気づいてしまった。
俺は旅人だったんだ。
暖かい太陽に焦がれながら、強がって冷たい北風に身を晒していた、愚かな旅人。
太陽はずっと、俺を照らしてくれていたのに――
俺が纏った堅い殻も鋭い棘も気にも留めずに、彼女は俺の傍にいてくれたのに――
だが俺は太陽に気づかず……気づこうともしない愚か者だったのだ。
太陽が隠れてしまって初めて、その暖かさに気づいたのだ。
俺は……俺は、まだ間に合うのだろうか?
「ただいま、帰りました」
いつもの笑顔でそう言う彼女を見て。
俺は心底安堵した。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
頭を垂れる私を彼女はじっと見つめている。どうかしたのだろうか。少し躊躇いがちに彼女は口を開いた。
「どうして……泣いてるんですか……?」
「泣いて……?」
ぽたり。ぽたり。気づかない間に頬を伝っていた水滴が床に跳ねた。
それを見て初めて、俺は自分が泣いていたことに気がついた。慌てて頬を伝う雫を拭おうとした俺の視界が白く染まる。頭をかかえるように抱きしめられていることに気が付いたのは、間近で彼女の声がしてからだった。
「……ええと。言いたいことはいっぱいあるんですが、ふたつだけ。
心配かけてごめんなさい。
心配してくれて……ありがとう」
彼女のぬくもりと暖かい言葉に、俺は頑なに纏い続けていた棘を、自ら手放した。
彼女に縋るように華奢な体を強く抱きしめ、ただ涙を流す。彼女は優しく包容を返してくれた。
焦がれていた太陽のぬくもりに包まれながら、二度とこのぬくもりを手放すまいと、俺は固く、心に誓った。
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