Long

□8days
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朝が来るんが怖かった



怖くて

怖くて…

このまま目を閉じたら、すぐに朝が来るような気がして眠る事が出来んかった。

自分の身体を強く抱き締め、震えを抑えようとしたけどそれは自分の意志でどうにもなるようなものやなくて。
それと同時に、頭の中に浮かぶあの笑顔を必死になって消そうとした。
でも、消そうとすればするほど、俺の中にある気持ちが膨らんでいくんが分かって。
それは泣きだしそうになるぐらい、苦しくて苦しくて。
最後に謙也さんが触れた肩がずっと熱を帯びてる気がしてまた身体が震えた。



それでも

もう終わってしまった



俺を想うアンタの気持ちも、俺とアンタの関係も…一週間前に戻ってしもたんや。

戻る事が出来んのは俺の気持ちだけ。

謙也さんを想う俺の気持ちだけは、もう戻る事なんて出来へん。

俺の気持ちもリセット出来たら…

どんなに楽なんやろう

どんなに幸せなんやろう

…どんなに……

………


…いや、ちゃう…

この気持ちを消すなんてホンマに望んでる事やない

つらくて苦しい気持ちやけど、この気持ちが消えた時の方が今より何倍もつらいし…何倍も苦しい…


例え嫌われても、軽蔑されたとしても、俺はきっと想い続けてしまうんや



どうか…


この想いが貴方に届きませんように

この想いが貴方に見えませんように




今の俺にはそう願う事しか出来んのや…



















キーンコーンカーンコーン…



どのぐらいそうしてたんやろか、耳障りなほどのチャイムが響き、俺は閉じていた目を開けた。
教科書を持って出て行く教師の背中をぼんやりと見つめながら、俺は曖昧な時間の感覚を取り戻すかのように壁の時計に目を向ける。


もう、4時間目も終わってしもたんか…


開きもしてない教科書とノートを緩慢な動作で机の中にしまい、何をするでもなくジッと机を見つめて。
昼休みで騒がしくなった教室は普段なら煩わしく感じるのに、何故か今日はうるさく響く人の声に安心しとる自分がおった。

一人で静かな所にいたら何かに押し潰されてしまいそうで怖かったんや。


賑わう教室の中、俺はふと窓の外に視線を向ける。
ここからやと全部は見えんけど、そこには見慣れたテニスコートがあり、朝練の時に拾い忘れたんやろかボールが転がっとるのが見えた。


今日の朝練も行く事が出来んかった。

謙也さんの声を、言葉を聞くのが怖い。


俺があげた飴を舐めたからアンタは俺に惚れてしもたんです、信じられんかもしれんけどホンマの話なんや…って。
正直に話して謝ったら許してくれるんやろか、なんて思ったけど、俺の脳裏から離れんあの夢が邪魔をする。


『無理矢理俺の心を動かしたくせに』


覚悟しとったのに…そう言われて当然やって自分でも分かっとったのに。
蔑むような目で、冷たい声で、そんな事を言われたら…と、そう思うとどうしても足の震えが治まらへんかった。


謙也さんは今何を思っとるやろか…

悩んでる?
何で財前光を好きになったんやって。

戸惑ってる?
俺に好きやと言うた事、俺の手を優しく引いた昨日の事。

…なんて、そんな事を考えても俺にはどうする事も出来へんのに…


奥歯を噛みしめながらゆっくりと瞬きをして再び窓の外を見つめた、その時やった。



「あぁ、この飴なぁ…」



何故かその言葉に反応してもうた俺は、すぐ近くで他愛も無い話をしているであろう隣の女子二人に顔を向けて。



……え…っ…



俺はその隣の机の上に置いてあるものを見て自分の目を疑わずにはいられんかった。

驚きに目を見開いたのも一瞬の事。
次の瞬間俺は大袈裟な程思い切り椅子から立ち上がっとった。






何で


何…で…



呼吸が詰まり、開いた口から声が出る事はなく、ただただ時が止まったかのように『それ』を見つめる事しか出来んくて。
急に立ち上がった俺を驚いた顔で見つめる女子は俺の視線の先のものを追って軽い口調で言葉を発した。



「え、何?財前くんもこれ知っとるの?」

「えー、めっちゃ意外やなぁ」


そう言いながら笑みを浮かべる女子は、机の上の小さな箱と袋に入った『それ』を指先で転がしとって。
俺は息を飲み込み、カラカラに乾いた喉から声を絞り出す。


「…何で…持ってんねん…」


引きつる俺の顔から視線を外し、目の前の二人は顔を見合わせて不思議そうな表情を浮かべた。


「無料でくれるって書いてあったから頼んだんやけど?ほら、ネットの広告でこういうのってあるやろ」


………

まさか…



俺は机の真ん中に置いてあった小さな箱と畳まれた白い紙を手に取る。
あの朝、俺にも届いた見覚えのある箱。
そして、一文だけ文字が書かれてるであろう紙を、ゆっくりと震える手で開いていった。


ここに書いてあるのは

笑ってまうぐらいのありえない言葉

くだらない、夢のような言葉…



「……っ…」


自分の目の前に現れた文字を目で追って、俺はぐしゃりと紙を握り潰しとった。

やっぱり、俺が持ってるのと同じ。
もう二度と見たくないと思っとった一文。


「…ざ、財前くん…?」

「……あ…」


その声にハッとして目を向けると、俺の手の中にある紙と歪めた俺の表情を交互に見ながら女子達は戸惑ったような顔で目を動かしとって。
俺は手の中の紙を出来るだけ元に戻すと、小さく畳んで箱の中に戻した。


「……これ、使わん方がええで」

「えっ?」

「興味本位で頼んだんか知らんけど…この飴は…」


俺は真実を言うか一瞬迷って言葉を止めた。

何言うてるん?とか、こんなん信じてるん?とか、馬鹿にされるんは簡単に予想が出来たから。
俺やって逆の立場やったらそうしてる。

でも、それでも俺は言わなアカン。

止めなアカンのや。



机の上に箱を置きながらグッと息を飲み込み、それを見つめたまま俺は大きく息を吸い込んだ。


「この飴は…ッ…」


この飴は本物やから、人の気持ちを無理矢理動かしてまう事になるんやで…


そう言おうとした時やった。



「あの…もう私の分使ってしもたけど」

「せやなぁ、これ私が頼んだ分やし」

「って言うか…少し前に女子の中でこれ流行っててな、結構使ったって言うてた子おったで?」


俺の表情を窺がいながら二人は恐る恐るとでも言うふうに言葉を発して。
俺は開きかけた口を噛み締めるように閉じると、身体の横にあった手をギュッと握り締める。

俺が最初やなかったんや。

使った奴はこんな思いせんかったん…?


黙ったままの俺はその場にずっと立ち尽し、机の上の飴を見つめとると、女子は突然思いついたようにあっと声を上げた。



「でも、この飴…………………」





………


……え…?




呆然としてる俺の耳に届いた言葉。

それはあまりにも信じ難く、あまりにも肯定し難い言葉。



「…そんな訳…あらへん…」



そう返す事しか出来んし、自分を疑う事なんてせんかった。


だって

だって…


そんなん…嘘や…



「財前くん?」



何でこんな嘘つくねん

俺が飴使ったん知ってるん?

それで俺をからかってるん…?



「…なぁ、大丈夫?うちら変な事言うた?」



変…

せや、お前らが変なんや…

せやなかったらこんな事言わへん


こんなん…ッ…




震える唇、手、足。

いや、身体中が震えとる。


どうして?





「…今の話…ホンマ…なん…?」



喉の奥から出て来た声は情けないほど震えていて。
目の前の女子がゆっくりと首を縦に振るのを見て、俺は真っ白になっていく頭の中で必死になって考えた。






嘘や


だって、それが本当やったら




謙也さんは


謙也さんは…




何も考えられなくなっても、何故か謙也さんの笑顔だけは消えんかった。




まだ終わってへん


何にも終わってへん…




「…これ、貰てええ…?」

「う、うん、ええけど…」



机の上の小さな箱を握りつぶすように掴むと、俺は急いで教室から飛び出した。


その瞬間、昨日の出来事が一気に頭の中で思い起こされた。



雨の中、悲しみを堪えて告げた偽りの言葉


謙也さんの身体を押し退けた感触



それを振り払うかのように、ひたすらただ遠くを見つめて走る。




自分の中の何かがパチンと弾けた、そんな気がした。






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