Long

□8days
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昨日あれから謙也さんは一度も俺と話す事はなく、あの後の朝練も、放課後の部活も、まるで俺を避けるように目も合わせてくれへんかった。


…何で…?


そんな疑問が浮かんでもその答えはじわじわと頭の中を支配していく。

家に帰ってから朝まで必死になってあの広告を探したんやけど、結局見つけられへんかったし…
見つけた所でどないするって訳もないけど、もう一度探さずにはいられんかった。



「…ふぁ…」


と、小さく欠伸を漏らし、じわりと涙が浮かぶ目をこする。
ほぼ徹夜に近いぐらいパソコンをいじとったから当然寝不足なんやけど、俺は昨日みたいに遅刻もせんとちゃんと朝練が始まる前に部室におった。
気付けばいつもより早よ家を出て、速足で学校に向かって…。
次々と部室に入ってくる部員を見ては、胸の中でざわつく何かを感じて小さく息を吐いとった。


もうすぐ朝練が始まる時間…


それでも、俺の探しとる人物は一向に姿を現さん。
いつもは早い時間に部室おるはずやのに。


「そろそろ始めんで」


ドアから顔を出した部長が部室内に残っとった部員に声をかけ、それを機に部員達がぞろぞろとコートに出て行く。
俺はラケットを持ち、ドアの横に立っとる部長に顔を向けた。


「部長」

「ん、何や?」

「今日…謙也さんって来おへんのですか?」


普段他人なんてあまり気に止めん俺がそんな事を言ったからか、部長はちょおビックリしたような顔をしたけどすぐに爽やかな笑みを浮かべる。


「今日は朝練休むって謙也から連絡あったで」

「…え…」


滅多に休む事なんかない謙也さんが休む理由…。
…俺が思っとるのと別の理由かもしれん。

けど…

考えれば考えるほど、昨日の謙也さんの態度が甦る。


「……そーっすか」

「財前」


そんな事を考えながら部室を出ようとした時、横から腕を掴まれ部長の声が耳に届いて。


「昨日の朝練から謙也の様子がおかしいんやけど…」


ヒヤリとさせる言葉を投げかけ、部長はジッと俺を見下ろした。


「お前が遅刻して部室入った時は謙也もそこにおったやろ、何かあったんか?」

「……!!」


言葉が喉に詰まる。
あの飴の事も、それを謙也さんにあげた事も、抱きしめられた事も…
正直に言うた方がええのか迷ったけど、ホンマにそれが原因なのかは未だに分からへんし…言うた所でそんな話信じる訳あらへん。

俺だって信じてへんかった…

でも、あの謙也さんを見てもうたら…一概に信じられんとも言えんのが現時点の本音。


「…別に何もあらへんです」

「…そおか」


視線をそらしながらそう言えば、掴まれとった腕が離されて。
俺は唇を噛み締めながら賑やかなコートへと足を踏み出した。


こんなん…テニスどころやあらへん…

何で

何で来おへんのや…


コートに出てゆっくりと部員達の顔を見渡して。
ここにおらんと分かってても、俺はあの太陽のような笑顔をずっと探しとった。













昼休み。
俺はふらふらと教室を出て、目的の場所へと歩を進める。
今日は放課後の部活があらへんからこの昼休みに会いに行くしかないねん。

あれがホンマに効いたんか知りたい気持ちが半分、確かめるんが怖いのが半分。


あの飴が本物だとしたら…

それともただの飴やったんか…

そんな考えばかりが頭の中を巡り、他の事が何一つ考えられへん。

いつのまにか3年2組と書かれたプレートの真下に立っとって、開けたままのドアからそろそろと教室内を窺がう。

確か…前に部長に用があった時、謙也さんは部長の前に座っとったな。

教室の後ろの方に目を向けると、部長の席は空席、その前の席も同じく空席やった。
その机の横にかかっとる見覚えのあるカバンを見つけ、学校には来とるんやとホッと息を吐く。

昼休みは部長と一緒におるんやろか…
だとしたら…部室におる可能性が高い。
でも、もし見つけても部長が一緒におったらあんな話なんて出来んし…

部室に行くか、このまま諦めるか…
そんな事を考えていた時やった。

どこからともなく流れる音楽に、思考回路が遮断される。
俺はハッと顔を上げて大きく音を響かせる廊下のスピーカーを見つめる。


…これは…


そう思った時には既に足が動いとった。

向かった先は放送室。

昼休みはいつも放送委員が何らかの放送をしとったり、今みたいに音楽を流したりしとる。

今日の当番が謙也さんやっていう可能性は100%やないけど…
限りなく100%に近い確率やと思う。
だって…スピーカーから流れた音楽は、昨日謙也さんに返したあのCDの曲やったから。


放送室はここから少し離れた所にあって、悠長に歩いとったら放送はおろか昼休み自体終わってまう。
すれ違う生徒に変な目で見られながらも、そのスピードを緩める事は出来んかった。
曲はもう最後のサビに入っとる。
これが終わったら謙也さんとすれ違いになってまうかもしれへん…。

階段を駆け上がり、特別教室が並ぶ廊下を走り抜けて。
奥に見えた防音扉を、祈る思いで見つめる。
スピーカーから流れる放送はすでに終わっとったけど、俺はその扉にそっと手をかけた。


ガチャ…

重苦しい音と共に大きな扉がゆっくり開いていく。
走ったからか…それとも別の理由なんかは分からんけど、ドキドキとうるさい鼓動がやけに大きく響いとって。
扉の隙間から見えた人影に俺は思わず口を開いた。


「…謙也さん」

「……!」


静かな室内に声が反響し、その声に振り返った人物と視線が合う。
俺を見つめた目が驚きに見開き、慌てたんか机に乗っとったCDに謙也さんの手が触れ、それは音を立てて床に落ちた。


「…えっ、…何でここにおるん…?」

「…この曲が聞こえたからアンタがここにおると思って」


中に入り、落ちたCDを拾うとそれを謙也さんに差し出して。
何かを躊躇うような仕草を見せた謙也さんは恐る恐るとでもいうふうにそれを受け取った。


「…おおきに」

「………」

「………」


お互いに口を閉じ、なんとも言えん沈黙が流れる。

俺は謙也さんを必死になって見つけたのに…
いざ目の前にすると何にも口から出て来おへん。

謙也さんも謙也さんで俺から視線を外し、足元に不安気な顔を向けとった。


謙也さん…

いつもならそんな態度せえへんやろ…?

どうして声をかけてくれへんの?

何の用事なん?って、何で聞かへんの?


………

あぁ…

アンタはきっと、俺が何を聞くつもりか分かっとるんやな…

そして…それに答えようとしとる。


…分かるで。

ゆっくり閉じられてまた開いた目が、何かを決意したような眼光で俺を見とるから…



「…ひか」

「それ」

「…えっ?」

「もう一回貸してください」


俺は謙也さんの手にあるCDを指差しながら、言葉を遮る。
借りる必要なんてあらへん。
もうパソコンに取り込んでしもたから聞きたかったらいくらでも聞けるんや。

でも…


「…ええで」


謙也さんの手からそれを受け取り、俺は目の前にある顔も見れないまま声を出して。


「…これを借りようと思って来たんで、もう戻りますわ」


思ってもない事を言うて、俺は身体を反転させた。



…急に怖くなった


たぶん、俺の嫌な予感は当たっとる…

あの飴の効果は……信じたないけど…本物。


…怖い…

俺は…人の心を無理矢理動かした

ホンマに効くとは思わんかったからしゃーないなんて、そんなん理由にした所で俺がやったという事実は消えへん。

頭の中はぐちゃぐちゃで今はこの場から逃げてしまいたい。
それが卑怯な事やって分かっとるけど。


早く…

早く…


はやる気持ちで放送室の扉に手を伸ばし、その取っ手を掴んだ時。


「光!」


名前を呼ぶ声と共に伸びてきた手に腕を掴まれ、俺はビクリと身体を揺らした。
ゆっくりと後ろを振り向けば真剣な謙也さんの眼差しがあって、そこから一歩も動けなくなる。


耳を塞ぎたい

目を閉じたい

腕を振り払いたい


…何も…出来ない…



「好きや」



動く唇を見つめ、発せられた言葉を聞く。

予想しとった言葉。
もしかしてと、何度思ったやろか。

何かを言おうと口を開いても、そこからは空気が漏れていくだけやった。


「…男にこんなん言われて気持ち悪いやろ?」

「………」

「でも俺は…ホンマに光の事が好きなんや…!」


呆然とする俺の目の前には苦しそうに歪む謙也さんの顔があって、胸がズキリと痛んだ。


ちゃう…

ちゃうねん…!

その『好き』は俺が無理矢理植え付けたもの

アンタがそんな顔をする必要なんてないのに…


「謙…也さん」


今言うしかあらへん…

信じてもらえるかは分からへんし、許してくれるかも分からへんけど…


喉の奥から声を絞り出せば、それは情けない程震えとった。


「その感情は…謙也さんのホンマの気持ちやないねん…」

「………」

「…実…は…!」


いきなり強い力で肩を掴まれ謙也さんの顔がグッと近づき、言葉を続ける事が出来へんかった。
肩を掴んどる手の力が強まり、息を飲みながら謙也さんの顔をジッと見つめる。


「俺の気持ちが迷惑やって否定してもええ…光がこんなん信じたくないっちゅー気持ちも分かってんねん」


でも…と、謙也さんは今にも泣いてしまいそうな表情で声を荒げて。



「光を想う俺の気持ちまで否定せんで…!」



震える手が

俺を見る目が


笑えない冗談なんかやないと物語る。



………

言えない

アンタの感情は『偽り』やって



謙也さんはきっと…

急に芽生えた自分の気持ちに戸惑って、悩んで、苦しんで…

男を好きになってしもた自分を責めたに違いない。

それでも、俺を好きやという気持ちを抑えられへんかった…



謙也さんは受け入れたんや


『偽り』の気持ちを…





俺は何て事をしてもうたんやろう





今更後悔しても


…もう遅い




next day...

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