Long

□8days
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『…俺と付き合うてください』




昨日俺が言うた言葉。


アンタは驚いた顔で振り返ったけど、俺は何も返す事が出来んかった。
体力と気力がもう限界やったんやろ、瞬きをしたつもりが知らずに眠りに落ちとって。
次に目を開けた時は保健室のベッドの上やった。
陽が落ちてオレンジ色に染まる保健室。
起き上がった俺を見つめてたんは部長の心配そうな顔やった。
少しはマシになった気分で保健室を出ると、部活の時間はとっくに終わっとったらしく、校内にもグラウンドにもほとんど人が残ってへんかった。
せやけど、俺は誰かを探すかのようにキョロキョロと辺りを見渡してしもた。


あの時…俺は誰を見つけたかった…?

…誰を…?




頭を軽く振り、俺は朝陽の差し込む自室を後にした。
今から出れば朝練にはギリギリ間に合うやろか…。
倒れた言うても寝不足なだけやったから、寝れば自然と回復する訳で。
昨日の具合の悪さなんて微塵も感じず、玄関を開けて外に足を踏み出す。

今日も暑くなりそうや…とか考えとった俺の目にいつもと違う風景が飛び込んで、不思議に思う間もなくそちらに目を向ければ。


「…あ、おはよーさん」

「………!」


俺と視線を合わせた謙也さんが家の目の前に立っとった。

え、何…?
何でここにおるんや?


「体調どや?平気?」


驚きに固まった俺に謙也さんは心配そうに眉をひそめてジッと顔を覗き込む。


「…光?」

「…あ、平気…やけど、こんな所におるなんて…どないしたんですか?」


言葉を発しながら、あれ?と疑問に思わずにいられんかった。

昨日俺が言うた事…聞こえてへんかった…?

探るように謙也さんの顔を見つめ返せば、少し焦ったような表情で視線をそらされる。


「確かめたい事もあったから…」


そう言った謙也さんの声を聞いて、あぁ…ちゃんと聞こえてたんや、と、ホッと息を吐いて。


「歩きながら聞きます」


さすがに家の前でこんな話する訳にもいかんから、俺は謙也さんと肩を並べながら通学路を歩いた。
何も変わらない朝やというのに、謙也さんが隣を歩いとるだけでこんなにもちゃうんやな。
俺の歩調に合わせた足音がすぐ近くから聞こえて、なんや変な感じ。

お互い黙ったままやったけど、最初の角を曲がった所で静寂を破ったのは謙也さんやった。


「昨日光が言うた事なんやけど…」


遠慮がちに声を出した謙也さんに目を向ければ、普段より真剣な瞳が俺を捉えとって。
何故かドキリと胸が鳴るんが分かった。


「あれ、…嘘…やんな?」

「……嘘…?」

「俺と…その…付き合うてってやつ」


謙也さんは言葉を濁しながらも、俺から目をそらさずに言葉を発する。

付き合うて…と、言うと決めた時から謙也さんにこう聞かれるんは分かっとったし、まさか俺に言われるなんて思ってへんかったやろ。
疑う気持ちはよお分かる。
でも、俺はもう決めたんや。
これが最善かなんて俺には分からへんけど、アンタにしてやれるたった一つの事のように思えたから…


「……ホンマです」

「何で?俺に気使ってんならそんなん気にせんでもええんやで!」

「…謙也さんは俺の事好きなんですよね?」


『せやったらそれでええやないですか』

…そう続くハズやったのに。


「俺は…正直自分の気持ちが分からへんけど…謙也さんの事もっと知りたいって思いました…」


…あれ…

何…言うとるんや…


自分で発した言葉やのに、頭で考えとった事とは全然違う言葉を口走り、慌てて視線をそらして。
それでも、俺は今の言葉を訂正する気になれんかった。

…俺が言うた事は…
たぶん…間違ってへんから…


ざわりと心の奥で何かが湧き上がるんを感じたが、それをグッと抑えつけ、俺は僅かに微笑んどる謙也さんに再び視線を向けた。


「…一つだけええですか?」


そう言って身体の横にある手をギュッと握り締める。

こんな事…今から付き合おうって時に言う言葉やないかもしれんけど、どうしても言わずにはいられんかった。


「いつか俺ん事好きやなくなって付き合うた事後悔する時が来るかもしれん…、それでもええなら…」


途中で言葉を遮るように、横から伸びて来た謙也さんの手が俺の手に触れる。

それはまるで、俺の不安を全て取り去ってしまう程に優しくて、温かくて…
手から伝わる謙也さんの感情に、胸が張り裂けそうになった。


「こんなに好きやのに好きやなくなるなんて想像もつかへんし、例えそうなっても後悔なんてせえへんで」


謙也さんは笑っとったけど、俺は同じ表情を作る事が出来んかった。



その気持ちはすぐに消えてまうんです

アンタは不思議に思うやろな…

何で『財前光』を好きになったんやろって


…その時は、嘘のような話を全て話して…

似合わないけど「ごめんなさい」って言わせてください



足元を見ながら、ゆっくりと瞬きをして。
短い期間やけど謙也さんの隣で笑っていようと、そう決めた。

顔を上げ、前を向いて…。
この長い通学路をアンタと一緒に歩けるんも、この時だけ。


「あっ!朝練遅れてまう!行くで!」

「…今日も遅刻したらさすがに部長にキレられそうっすわ」

「それはアカン、試合出させてもらえんくなるでー!」


少し前を走る謙也さんが慌てたようにスピードを速める。

足自慢のアンタについて行ける訳ないやろ。

…なんて。
謙也さんはちゃんと俺に合わせて走ってくれる。

それだけで、俺はいつのまにか謙也さんにバレないように笑みを漏らし、目の前の大きな背中を追いかけた。















『昼休み、一緒にご飯食べへん?』


謙也さんにそう言われて、首を縦に振ったんは今から何時間前やろか。
俺は長ったるい先生の話をイライラしながら聞いとって、あと5分で終わる授業がえらく長く感じた。
これが終われば昼休み。

謙也さんは迎えに来るって言うてたけど…ホンマに来るんかな…

ちゅーか、謙也さんと昼休み一緒に過ごすなんて…初めてや。
普通に考えれば…部活仲間のただの先輩と後輩が昼休みに二人でおるんはちょお違和感あるな。

まぁ…、今はただの先輩と後輩の関係やないけど。


そう心の中でつぶやいた時、授業の終わりを告げるチャイムが教室中に響き渡った。
先生が教室から出て行くと、教室はクラスメイトの話し声や、移動する足音で騒がしくなって。
俺は自分の席に座ったまま、生徒がちらほらと見える窓の外をボーっと見つめた。

3年の教室からここまでどのぐらいかかるんやろ。
5分もあれば着くやろか、でも校舎がちゃうし…
もっとかかるんかな…。



「光ー!」


………

…えっ…


その声につられて思わずドアの方に顔を向けると、満面の笑みを浮かべた謙也さんが顔を出しとって、なんやめっちゃ視線を集めとる。

…いくらなんでも早過ぎやろ…

名前を呼ばれた事により、今度は俺にまでクラスメイトの視線が刺さって。
授業の合間に買っておいたパンとジュースを持ち、平静を装いながら笑顔の謙也さんに近づいた。


「…声でか過ぎ」

「え、せやかて光に聞こえへんかと思ったから」

「…まぁええですけど…、で、どこ行くん?」

「んー、せやなぁ…外は暑いから嫌やろー?」


弁当を片手にうーんと唸る謙也さんを尻目に、俺はポケットに入っとる金属質なものを手の中に収めながら、一歩廊下へと踏み出した。


「せやったら俺について来てくれます?」


俺は慣れた足並みである所へ向かう。
謙也さんは俺がどこへ行くつもりなのか分からんみたいで、時折周りを見回しながらついて来とった。

昼休みに生徒があまり近寄らない、特別教室が並ぶ廊下。
俺は視聴覚室と書かれたドアの前で止まり、手の中に忍ばせとったものを鍵穴に差し込んだ。


「ちょお、何で鍵…」

「前の用務員にスペアキー借りたんやけど、俺に貸した事忘れて退職してもうたから預かっとるんです」

「…それってええの?」

「何も言われへんし、時効っすわ」


ガチャリと音を立てて開くドアを妙な表情で見つめとった謙也さんを急かし、続いて俺も中に入る。
適当な椅子に座ってパンを取り出せば、謙也さんもそれにならって弁当を広げ、いただきます、と手を合わせた。


「なんや、パン一個?」

「そ−っすけど…」

「いっぱい食べな大きくなれへんでー」


朝と同じように俺の頭を軽く撫でた謙也さんは、優しい目でニコニコ笑っとる。
その笑顔がくすぐったくなってパッと顔を伏せてもうたけど、謙也さんは何も気にした様子はなかった。
俺がパンを食べ始めたんをきっかけに謙也さんも箸を動かして。
俺はそんな謙也さんをチラ、と横目で盗み見た。

こんな事にならなければ、こうして謙也さんと一緒にここに座っとる事もなかった。
謙也さんが人の頭を撫でる時、こんな顔で笑うなんて知る事も出来んかった。

…4日後にはもう、謙也さんが俺を想う気持ちは消えとるけど…
もし、謙也さんが俺ん事許してくれたなら…
昼休みまた一緒におってくれるやろか。
一緒にここで他愛もない話をして過ごせるやろか。

………

…どないしたんやろ。
そんな事考えるなんて俺らしくない。


「光?」

「…えっ!?」


呼ばれた事に気付き、首を傾げながら俺を見る謙也さんに視線を合わせる。
俺の話聞いとった?なんて言うてる謙也さんに素直に首を横に振った。


「やからー、そろそろ髪の色抜いた方がええかなって思ってるんやけどどう思う?って聞いたんや」


謙也さんは前髪を弄って根元の部分を見ようとしとったけど、当たり前に自分からやと見えへんようで、うーんと唸りながら顔をしかめとる。


「もうやめたらええやないですか、髪死んどるんちゃいます?」

「…え…っ!!」


軽くショックを受けとる謙也さんに手を伸ばせば、いつも太陽に透けて綺麗に見える髪に指が触れる。

キシキシやけど、そんなに嫌な感じやない。
思ったよりもふわふわしとる。

指先に絡まる髪の一本一本がホンマに綺麗で、思わず夢中になって見つめてしもた。


せやから…

謙也さんがどんな目で俺を見つめてるかなんて気付かんかったんや…


ふと、髪とは別の何かが、自分の指に触れる。
それが謙也さんの指やということはすぐに分かって。
触ってたんがウザかったんかと思って手を引っ込めようとしたが、それが叶う事はなかった。


「……っ…」


指と指が自然と絡み合い、その感触にゾクリと身体が震えあがる。
謙也さんは何も言わずにただ俺の目を見つめとったけど、その目はいつもと違う光を放っとる気がした。


…なに…

何でそんな目で俺ん事見てんねん


…何を…考えとる…?



「ひかる…」


突然聞こえた、囁くような謙也さんの声。

ゆっくり動く唇を見つめとると、謙也さんの身体が僅かに近づいて。
その瞬間、俺は大袈裟な程にビクリと身体を震わせとった。


ドキドキと鳴る心臓がうるさい。

絡めた指が熱を帯びとる。


…胸が苦しい…




「…ごめん」



静寂な部屋にその一言が響いた。


「…謙也…さん…?」


そう名前を呼べば、いつもと同じ目をした謙也さんが笑っとった。


「…何でもあらへん、光が触るからくすぐったかっただけや」


謙也さんは絡めた指を離して顔を背け、何事も無かったかのように机の上に置かれた箸を持ち直す。
それを見ながら俺は張り詰めとった息をゆっくりと吐き、そして、謙也さんの感触が残る指を強く握り締めた。


その感触が、冷めない熱が、心の中を掻き乱していく。


…心を…震わせる。





…謙也さん


アンタが今何をしようとしたか…

分かってもうた



俺に触れようとしたんやろ?

指だけやなくて…その唇で。



もし…

あのまま謙也さんの顔が近づいて来たら、俺は手を突っぱねて、「嫌です」と、言えたんやろか…



きっと…


きっと……



「…………」


俺はパンを口に運ぶ振りをして、心臓の音と一緒に小さく震える唇にそっと触れた。






この感情は一体何…?



誰か俺に教えて…



そして…




決して自覚してはいけない気持ちに


そっと蓋をしてください





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