Long

□8days
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幼い頃、大抵の子供がするであろう『ままごと』。
ある子は父に、ある子は母に、そしてある子は子供に。
決められた役になりきって、みんな子供ながらにちゃんとこなすんや。

けど、それも時間が経てばおしまい。

どんなに感情移入しようとも、それは所詮『ままごと』でしかあらへん。
居心地が良くて楽しくて、やめたくないと言って泣いても、必ず終わりがやってくる。


せやったら俺達の関係は…?


俺達の関係も…『ままごと』と一緒。
時間が来れば終わってまう関係。



居心地がええ?

それは謙也さんが優しいから…居心地がええだけ。


やめたくない?

何で?
そんな事思わへん。

だって必ず終わりが来るって知っとるから。
謙也さんの気持ちが消えるって、知っとるから…



………

…泣いても…

どうにもならへんのやろ…?















「光」


後ろから聞こえた声に、俺はゆっくりと振り返る。
重いドアから顔を出した謙也さんは手に持っとった紙パックのジュースを俺に差し出した。


「……なんすか?」

「見れば分かるやろ、何が好きなんか分からんかったからとりあえず甘いの買うて来たわ」


ジュースを受け取ると、謙也さんは俺の隣に来てそこからさっきまでの俺と同じように景色を眺めとった。

昼休みの屋上。
人気スポットかと思えば、この時期はそうでもなくて、今は俺達以外生徒の姿は見えへん。
照りつける日差しと、むわっと広がる暑さが不人気の理由やった。
昨日みたいに視聴覚室に行けばええんやけど、なんやそんな気も起きんくて…。
大好きな場所やのに、何故行く気になれんのかと考えれば、行きつくのは昨日の出来事やった。

一日経った今でも忘れられへん。
絡んだ指と、俺を見つめる眼差し。

あの後の部活でも家に帰ってからも、何をしててもいつのまにか思い出してもうてる。

自分の中にある妙な気持ちを。

でも、あの時の事を思い出そうとすると、心のどこかでそれを拒否する自分がおる。


思い出したらアカン…

考えたらアカン…

そう言われとる気がして、俺は出来るだけ昨日の事を考えへんようにした。
せやから思い出してまう視聴覚室には行かへん。

…行けへん。



「屋上なんて来たん久しぶりやなー」


俺の心境なんてまるで知らん謙也さんは、呑気に身体を伸ばしたりしとる。
俺はすでに暑くて死にそうなんやけど、何故か謙也さんはニコニコと笑いながら気持ち良さそうな顔をしとった。


…アンタは太陽の下がよお似合うとるな…

まるで、太陽がないと死んでまいそうなぐらい

似合い過ぎてて…眩しい…



「光は…」

「…えっ?」

「ここ、よく来るん?」


屋上の手すりに腕を預けとる謙也さんに話しかけられ、今考えとった事を急いで消した。


「たまに、ダルい授業サボったりする時に来たりしますけど」

「えー、サボったらアカンやん、授業ついて行かれんくなんで!」


ちょお怒ったように顔をしかめた謙也さんは俺の頭に手を伸ばして、髪を撫でるようにそっと指を動かして。


「でも、光となら授業サボるんもええかも、なんて…」


受験生に何言わすねん、と続けながら俺に太陽みたいな笑顔を向けた。


何故か胸が熱くなる。

謙也さんの笑顔なんて、もう見飽きるっちゅーほど見て来たのに…

後輩として、部活仲間として、パートナーとして、幾度となく見て来た笑顔とは少し違う。


…俺が謙也さんやったら、こんな笑顔を一体誰に見せるやろか…


きっと

特別な

大切な

たった一人の為に…



「…謙也さん…」


無意識のうちに目の前の人の名前をつぶやいたその時やった。


「あの…」


後ろから聞こえたか細い声。
そちらの方に顔を向けると、長い髪を風になびかせた一人の見知らぬ女子が立っとって。
身体の前で組んだ指をもじもじと動かしながら俺の隣の人へ視線を送った。


「謙也くんに話があるんやけど…ええかな?」

「……え、俺?なん?」

「ここやとちょっと…、すぐそこまで来てもろてええ?」


そう言って彼女の目が一瞬俺に向けられ、あぁ…そういう事か、なんて理解してもうた。
謙也さんは彼女と俺を交互に見つめながらどうしようか考えとるみたいやったけど、次の瞬間彼女に向けて口を開いとった。


「えーと…悪いんやけど…」


謙也さんの言葉に、俺は一歩足を踏み出す。


…だって俺が邪魔なんやろ?

空気読めへん訳やないし。



「…俺が退きますわ」

「…ひか…」

「ほな謙也さん、また部活で」


謙也さんの顔なんか見ずに、そのまま屋上のドアへと向かう。
彼女の横を通り過ぎた時、お礼のつもりなんか小さく頭を下げられたけど、何故かそれは俺を苛立たせるだけやった。



なぁ、何を言われるか分かっとる…?



かわええ人やないですか

身体が小さくて、目が大きくて…

アンタが好きそうな感じ。



……だけど。



屋上のドアを抜けた時、俺は閉めたドアに寄り掛かり震えとるような感覚の足元に目を向ける。
ドア一枚を挟んでいるにも関わらず、あっち側の声は異様な程俺の耳に届いて、早くどこかに行けばええのにそこから動く事は出来んかった。



「ウチな、ずっと前から謙也くんの事好きやったんや、良かったら…その…付き合うてもらえへん…?」


ドアの隙間から漏れる風の音と一緒に聞こえる声。
それが耳に届いた時に胸の奥がズキリと痛んだ。


俺はこの告白の結末を知っとる。

だって謙也さんが想っとる人はアンタなんかやあらへんもん…

アンタの気持ちに応える事なんて…出来へんのやから…



「悪いけど…、付き合うてる人おるから…」


背中で聞いたその言葉に、俺はいつのまにか押し殺しとった息を口から吐き出して。
もやもやと胸に広がる何かを堪えるように手を強く握り締めた。


俺が…あんな飴をあげへんかったら…

俺とこんな関係になってへんかったら…

謙也さんはこの告白を受け入れてたんやろか。

あの子の為だけにあの笑顔を向けてたんやろか。


胸の中から溢れるようなこの感情は何やろ…


謙也さんを偽りの感情で縛りつけてしもた罪悪感…?

好きやと自分の気持ちを伝えたのに、俺のせいで断られてしもた彼女への罪悪感…?


そうやとしても…俺は何でこんなにもホッとしてるん…?


分からへん

分からへん…


………

気付いてしもたら

…アカンのや…



俺はそっとドアから背中を離し、頭の中にあった考えを消そうと頭を振る。

もうここにおってもしゃーない。
早よ離れんと、何かに押し潰されてしまいそうで怖くなる。

胸を抑えつけながら静かにそこから去ろうと足に力を入れた時、僅かに聞こえた小さな声がまた俺をその場に留まらせる。


「こんな事言うて嫌がられるかもしれへんけど…、もしその人と別れたら……と…………て…」


ドキリと、胸が大きく鳴った。

最後の方は声が小さ過ぎたんか、風の音がうるさかったんか、よお聞こえへんかったけど…聞かんくても分かる。
彼女が続けようとした言葉は『私と付き合って』や。


…別れる…

俺と謙也さんは

…近い未来、別れる時がくる…


何で男なんかと付き合うてたんやろって…

何で光を選んだんやろって…

そう思う時が必ず来るんや


だってこれは『ままごと』と一緒やから。

時間が来れば今まで演じて来た役目も忘れて、次の楽しい遊びを探すんや。

こうなる事は謙也さんと付き合うって決めた時から分かってた。

謙也さんの気持ちは消えるって…分かってたやろ?


なのに…



「別れへん、凄く好きなんや…ずっと大切にしたいって、ずっと一緒におりたいって思っとる」



何でそんな事言うん…?



俺は震える自分の身体をきつく抑えつけ、ずるずるとその場に座り込んだ。


もう嫌や…、こんな思いするんは嫌…


つらくて

苦しくて

痛くて…


でも、それらを全てまとめても敵わんぐらい心の中を満たす感情…



それは…




『嬉しい』






突然こっちに近づいて来る足音が聞こえ、俺は急いでその場から立ち去った。

階段を駆け下り、無我夢中で廊下を走り抜ける。
バクバクと鼓動する心臓が悲鳴をあげても止まる事はなく、予鈴が鳴っても教室に帰る事は出来んかった。


気付けば誰もいない部室に来とって、俺は大きく乱れる呼吸を繰り返しながら崩れそうになる足を支える為に机に手をついた。

ポタリと頬から汗が伝い、机の上に落ちていく。

何度も…何度も…


……汗…?


ちゃう…

これは…



「何で…っ…」


出した声も掠れ、いつしか視界がぼやけとる事にも気付いて。

ポタリ、ポタリ、と。
落ち続けるそれは、もう自分ではどうにも出来ないと心の中から溢れる感情を現わしているかのようやった。





どうして俺は泣いてるん?


何で涙を流すんや?



そんな理由なんて、たった一つしかあらへん。




「俺は…」



言うたらアカン…


声に出したらたらもう、止まらんくなる。


自分でも抑えられんくなるって



分かっとるのに…




「…っ…俺は…謙也さんが…」



………


…本当は、こうなる事も…


初めから分かっとった…





「…好きなんや…」






俺の過ちは

軽はずみであの飴をあげてしもたこと…




そして

最大の過ちは




こんなにもアンタを好きになったこと…






next day...

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