Long

□8days
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夢を見た



謙也さんが俺に困ったような顔を向けとる夢




隣には謙也さんに告白したあの女子が立っとって、俺を憐れむかのような視線を向けとった。



『何で光の事好きやったのか分からへんねん』



謙也さんは俺に向かってそう言うと、隣の女子にあの笑顔を向ける。

温かい、優しい、太陽のような笑顔。




待って

謙也さん


俺ん事好きって

一緒におりたいって


言うてくれたやないですか




必死になって叫んで、手を伸ばしたけど…

謙也さんは見た事もない程の冷たい表情で俺を見下ろした。




『よお言うわ、無理矢理俺の心を動かしたくせに』




言葉が胸に突き刺さる。

抉られるような痛みを感じた瞬間、俺はベッドから飛び起きて痛む胸を抑えつけた。

夢やと分かっても、ホッと息を吐く事なんて出来ん。

だってこれは現実に起こってもおかしくない事やから…




好き

好き


謙也さんが好き



どうして好きになってしもたんやろ

どうして自覚してしもたんやろ


最初から決まってたのに…

この想いが実らない事なんて分かりきっているのに…


俺だけを見てください

俺だけに笑ってください

俺だけに触れてください

俺だけを想ってください


そんな事ばかりが胸の奥から溢れてきて、自分でももう止められへんのや



なぁ、謙也さん…


俺はどうしたらええですか…?


















「集合!」


コートに響くその声にランニングを止め、ぞろぞろとみんなが集まる方向へと足を向けた。


今日は土曜で学校は休み。
せやけど、部活が一日中あるからこうして朝から練習をしとる。
練習が多くなってきたんも全国が近くなっとる証拠。
俺やって一応レギュラーに入っとるから、一つ一つの練習に力を入れんとアカンのやけど。
どうしても違う事を考えてもうて、とてもやないけど集中なんて出来んかった。


「休憩終わったらレギュラーは奥のコートに集合、それ以外はメニュー通りに進めとってや」


解散、という部長の声と共に、部員達が談笑しながらぞろぞろと歩き出す。
俺はその群れから外れて、足早にコートを後にした。
コートから出る瞬間、部長と話す人物がこちらを見た気がしたが、俺はそのまま目を合わせる事もなく立ち去る。

昨日の放課後の部活も、俺は謙也さんを避けとってあまり話もせんかった。


嫌やから避けるんやない

謙也さんの顔を見たら、声を聞いたら…

表に出てしもた自分の気持ちを吐き出してしまいそうになるから…


でも、思ってはいけないと分かってても、思ってしまう。


謙也さんの顔が見たい、声が聞きたい…と。


そう思ってしまうんや…





誰の姿も見えんくなった所でピタリと歩みを止め、気付けば校舎の方まで来とった。
照りつける太陽から身を隠すように校舎の壁に寄り掛かり、その場に座り込んでただうずくまるようにして乾いた地面を見つめた。


こんな気持ち、捨ててしまいたい

捨てて楽になりたい

前のように、ただの先輩と後輩に戻って一緒にテニスをして…


でも、それはもう叶わへん

謙也さんはあと2日で俺の事をただの後輩としてしか見れなくなるけど…

俺は違う

飴の効力なんて関係なく謙也さんを好きになってしもた俺には、この気持ちが消える事はないんや…

今よりずっとつらい思いをする事になる


謙也さんに好きな人が出来るかもしれん

誰かと付き合うかもしれん


そうなったら、俺は平然とした態度でそれを見る事が出来るん…?

しゃーないって、諦める事が出来るん…?



これは…

人の心を勝手に動かした俺への罰なんやろか…





「光」


「………!」


突然、静かやったこの空間に響いた声。

勢い良く顔を上げると、目の前には息を乱しながら俺を見下ろす人物が立っとった。
急に胸が苦しくなる感覚に俺は視線を外して、足を抱える手にギュッと力を込める。

謙也さんの悲しげな目を見ていられんかった。



「こんな所におったんやな」


そう言って俺の隣に座った謙也さんは、呼吸を整えるかのように深く息を吐き、黙ったままの俺を見つめる。
謙也さんがおる右側を意識すると、身体がジリジリと熱くなっていくんが分かった。


「…俺…昨日からなんや避けられとる?」


謙也さんの言葉にドキリと胸が鳴る。
恐る恐る横を向けば、悲しげに微笑む謙也さんの顔が近くにあって余計に鼓動が速くなっとった。


「…別に…」

「…昼休み帰してもうたから怒ってるん?」


そう言いながら、謙也さんの手が俺の肩に触れる。
それだけで身体が震え、カッと熱が上がっていくのを感じて、居ても立ってもいられなくなった俺はその手を振り切るかのように立ち上がった。


「…っ…謙也さんは何も悪ない…」

「ひかる…!」


謙也さんは俺につられて立ち上がり、その場から立ち去ろうとした俺の腕を掴む。
俺の進行方向を立ち塞ぐようにして前に回り込み、下を向いた俺の顔を覗き込みながら小さく言葉を発した。


「その…気にしてへんかもしれんけど…昨日の子は…」


俺に言おうか迷ってるんやろか、戸惑いの表情を浮かべた謙也さんが語尾を濁す。

俺が分かってへんと思っとるんやろか?
それとも、言いづらい?
後ろめたい事なんて何もないくせに。


「告白しに来たんやろ、謙也さんに」

「ちゃんと断ったで?付き合うてる人おるからって…」


そんなん知っとる

聞いとったから…


「…そーっすか、かわええ人やったのに」

「…光…」

「俺の為に断ったん?俺なんかの為に…」


……笑ってまう。

だって俺は偽りの恋人やのに。
どうせもうすぐ終わる恋やのに。

俺が無理矢理植え付けた恋心やのに…


『別れへん、凄く好きなんや…ずっと大切にしたいって、ずっと一緒におりたいって思っとる』


アンタはそんな俺の為にこんな言葉を言うたんやで?

なぁ、笑ってまうやろ?


今度からあの子に言うたればええやないですか

きっと感動して泣いてまうで?

アンタをもっともっと好きになってまうで?


そしたら…

そしたらアンタはもう俺に笑顔なんて見せてくれないんやろ…?




「…謙也さん」


僅かに出した俺の声は震えて、まともに聞こえんかったかもしれん。

自分で何を言うつもりなのか頭で考えられんくて、これ以上口を開いたらアカンて思ったけど…

それでも、口から出る言葉を止める事は出来んかった。




「まだ…俺ん事……好き…?」



口にした途端、目の前がじわりと滲んでいった。

謙也さんの顔がぼやけて、どんな顔をしとるかなんて分からへん。
ただ、時間が止まったかのようやった。


何言うてるんや

何でこんな事…



「…すんません、何でもな……!」

「ひかるっ!」


急に身体が引き寄せられ、俺はあっという間に謙也さんの腕の中におった。
力強く抱き締められ、呼吸すらままならないのに、何故か酷く安心してその温かさに目を閉じて。


「好きや、めっちゃ好き…ずっと光が好きや!」


上から降ってきた言葉にそっと涙を流した。


こんな言葉は嘘になるって分かってるのに…どうしてこんなにも嬉しくなってまうんや。


………

…もう、この気持ちに抗えないのなら

俺は…



謙也さんの背中に手を回し、ユニフォームをギュッと握り締める。
震える俺の手を感じたんか、謙也さんは幼い子供をあやすかのように優しく頭を撫でてくれた。
ずっとずっとこのままでおりたい。
進む事の無い時間の中で、アンタとこうしていたい。

幸せな時間をずっと感じていたい…



「…光は…」


すぐ近くから謙也さんの小さな声が聞こえ、俺はそっと耳を傾けた。
何かを躊躇っているかのような声。
俺を抱き締める謙也さんの腕に更に力が籠った。


「光は…俺ん事……」


不安そうなそんな声が聞こえて、静かにグッと息を飲み込む。


「…俺…は…」


自分の気持ちを言葉にしようと、声を発しようとしたその時やった。



「あー!!二人とも見つけたでー!!」

「……!!」


突然聞こえた大きな声に、俺と謙也さんは反射的にくっついとった身体を離して。
一斉に声のした方を向けば、無邪気な笑顔を浮かべた遠山の姿があった。


「もうとっくに休憩終わっとるのにこんな所で何してるんやぁ!白石怒ってんでー!」


こっちに向かって走って来る遠山を見つめながら、バクバク言うとる胸の音を聞いて。
同時に謙也さんに目をやれば、優しい眼差しで俺ん事を見とった。


「もう、そんな時間やったんやな」

「……そーっすね…」


近づいて来た遠山に急かされ、俺達はコートへと急いだ。

言う事が出来んかった言葉が、俺の中でもやもやとくすぶる。

でも俺は、隣を走るこの人に伝わったんやないかって、そう思った。

















「明日、迎えに行くから」


部活が終わり、その帰り道。

一緒に歩いとった謙也さんが笑顔でそう言うた。

あの後、部長にこっ酷く怒られた俺達は、罰として備品の買い出しを押し付けられる羽目になってもうて。
学校も部活も休みの明日に買いに行く事になっとった。


それでも、嫌やって思う事はあらへん。

だって…アンタが一緒やから。


最後の1日や。

恋人としてアンタと過ごす、最後の日。


せめて…最後は笑って過ごしたい


例え、飴の効力が切れたアンタに何を言われても

軽蔑されたとしても


アンタと過ごした事実は消えへんから…


そのぐらいの思い出、貰ってもええですよね?



「謙也さん」

「うん?」

「明日、その…楽しみにしとります…」


少し照れくさくて、ちょっとだけ頬を赤くして言えば、謙也さんは俺の大好きな笑顔を向けるから…。

俺は付き合うて初めて、謙也さんに向かって微笑んどった。



なぁ…

ホンマは泣いてまいそうなんや



でも、アンタが笑うから

今だけでも俺にその笑顔を向けてくれるから





…謙也さん…


出来る事なら

飴の効力が消える最後の瞬間まで




俺はアンタの隣で笑っていたいです






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