Long

□8days
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いつもより目覚めのええ朝やった。

携帯電話のアラームが鳴る前にベッドから起き上がり、カーテンの隙間から差し込む朝陽に目を細める。


今日で最後なんや

謙也さんが俺の隣で笑ってくれるんは…


そんな事を思いながらも、俺はもう下を向く事はなくて。
机に置かれたままになっとる謙也さんから借りたCDをそっと手にとった。


ホンマはな…

想ってはいけないと、好きになってはいけないと、ずっと心のどこかで叫んでた。


謙也さんと付き合うてから?

謙也さんに告白されてから?

謙也さんに飴をあげた時から?


…そうやない。

もっと前から…


きっと、もっとずっと前から。


自分の気持ちを自覚して分かってしもた。

俺は謙也さんに気があったんやないかって。

あの飴を手にした時、見えなかった俺の心がそっと顔を出すんが分かって…。

今になって思う。

全く信じてないと言いながらも、俺は心のどこかで期待してたんや。

からかうつもりだったとしても、あんな怪しいもの普通やったら食べさせたりせえへん。

これがもし本物やったら…
謙也さんは俺ん事を好きになる

…好きになってくれる…

そんな思いがあったんや


でも、無理矢理心を動かしてしもた事にはホンマに罪悪感があって、こんなんアカンって思って。
酷い事したってちゃんと分かってる。

せやから俺は、せめて謙也さんが今望んどる事をするのがええって思った……謙也さんが望むなら付き合おうって…

けど、それは全部綺麗事。

自分がそうしたかったから付き合うただけ

俺が謙也さんの傍におりたかっただけ


俺がアンタを好きになり過ぎただけ…




ピリリリリリ…


「……!」


突然ベッドの上にあった携帯電話が鳴り、俺は慌ててそれを手にする。
着信を知らせる光とディスプレイを見れば、それが誰から着信かなんてすぐに分かり、何の躊躇もなく通話ボタンを押した。


「…もしもし」

『おはよーさん、起きとった?』


耳に当てた携帯電話から聞こえる声。
機械を通してやったけど、それはとても優しい声色で俺は僅かに笑みを漏らしとった。


「起きとりましたよ」

『そおか、光の事やから夜中までパソコンやってて起きれへんかと思ったんやけど』


起こしたろと思って電話したんや、と、謙也さんは電話の向こうで笑いながらそんな事を言うとった。

ふと、机の上にある時計に目を向けると、約束までまだ時間があり、何故かそれがもどかしく感じる。

…何で?

と、その質問に答えるかのように謙也さんの声が耳に届いた。


『なぁ、もう迎えに行ってもええ?』

「え…?」

『光の声聞いたら早よ会いたくなってしもた』


…そおか。
なんて、俺は先程の疑問の答えを見つけて、急いで部屋のクローゼットを開けた。


「ええですよ」


まだ起きたばっかりやから着替えてもへんけど…とは言わへん。
だってそんなん言うたら謙也さんと会えるんが遅くなってしまいそうやったから。


『ほな、また後でな』


プツリと通話が切れた携帯電話をベッドの上に投げ、クローゼットの中の自分の服をジッと見つめる。


何を着て行こうか

この前買った服はどこにしまったっけ


そんな事を考えとる自分がなんや恥ずかしくなって、思わず頬を赤らめてしもた。

まるでデート前の女みたいや…

顔をブンブンと横に振って、俺はクローゼットの中に手を突っ込んだ。
こんなん考えてる時間はあらへん。
謙也さんはきっと、俺が想像しとるより早く着いてまう。

今頃部屋を出とるやろか

それとももう家を出てしもた?

謙也さんが来るまであと何分ぐらいなんやろ


こうして考える事すらを楽しむかのように、いつのまにか俺は心を躍らせとった。


バタバタと家の中を走り回る事10分。

携帯のディスプレイに目をやると驚く程の早い時間で準備が終わった。
さすがにまだ来てへんと思いながら、外で待ってたろなんて考えて玄関のドアを開ける。


「光」


そこには当然のように謙也さんが立っとって、俺を見て嬉しそうに笑う顔にドキリと胸が震えた。


「…ホンマにどんだけ速いんすか」

「え、アカンかった!?」

「アカンとちゃうけど…」


オロオロしとる謙也さんに近づくと、その頬をつたう汗が急いで走る謙也さんの姿を想像させて。
それだけで胸の奥がめっちゃ熱くなる。


「ほんなら行こか、買い物いっぱいあんで!」

「あ…、え…?」


そう言いながら謙也さんが足を向けた方向はいつも行くスポーツショップとは逆で、俺は少し戸惑ったように声を出してもうた。

部長に頼まれたもんは部活で使う物やから、いつもの所行けばええのに…

不思議そうな表情を浮かべとる俺に気付いたんか、謙也さんはそっと俺の手をとって急かすように引っ張っとった。


「せっかく光と出かけるんやから、頼まれた買い物だけ行くんはもったいないやろ」

「えっ…」

「駅まで行ってデートせえへん?ついでに買い物や!」


子供のような無邪気な顔を向けた謙也さんが楽しそうにそんなん言うから、俺は掴まれた手を小さく握り返して。


「デートて…、さむいっすわ」


僅かに笑みを零して前を見れば、太陽のような笑顔の謙也さんと目が合った。

男同士で手繋ぐとか、誰かに見られたらとか、そんなん考えたんは一瞬の事。
繋いだ手がそこから熱を共有するみたいに同じ体温になって、まるで謙也さんと一つになっとるみたい。

出来るだけ長い間、その感触と熱を感じていたかった。















「光、これやこれ!」

「……は、趣味悪…」


服屋の一角。

謙也さんは目当ての服を俺の前に差し出して、俺はそれを見るなり悪態をついとった。

駅に着いてからどれぐらい経ったやろか、ホンマに恋人同士のデートみたいにいろんな場所を歩きまわった。

別に、行く所はどこだってええ。
隣にアンタがおればどこだって最高の場所になるんや。


「そんなドピンク着る気ですか、もうちょお選んだ方がええと思います」

「えー、格好良おない?雑誌に載っとって前から欲しかったんやけどー…」


ぶつぶつ言いながら棚に戻す謙也さんにチラ、と目をやる。
私服は別にダサないのに…なんでこんなん選ぶんやろか、とか、真面目に考えてしもたり。
たぶん…謙也さんは買うて着てみて初めて後悔するタイプやな。


「…謙也さん、普段試着とかせんでしょ?」

「おん!服は第一印象が大事やろ!試着なんてまどろっこしい事せえへんわ!」


やっぱり。
なんて思いながら買うた服を家で着て微妙な顔しとる謙也さんを想像してちょお笑ってしもた。


「あ、こっちの方がええんやないですか?」

「どれ?パーカー?」

「これっすわ」


そう言ってハンガーにかかっとる服を手に取る。
パッと見て、謙也さんに似合いそうな色やなって思った。


「確かにええ感じやけど、黄色と緑って…なんやめっちゃ親近感ある色やなー…」


…あ、そおか。
ユニフォームと同じ配色なんや。

でも、ホンマに謙也さんに似合うと思っとる。


「ええやないですか、俺、ユニフォーム着とる謙也さん好きやし」

「えっ!そ、そお…なん…?」


ハッ、と、思わず口に手を当てて謙也さんを見ると、動揺しながら顔を赤くしとって、つられて俺も赤くなってしもた。


何言うてんねん…

こんなん言うたら…そんな顔されたら…



…決心が鈍ってまう



じわじわと込み上げてくる何かにグッと奥歯を噛み締める。


「…俺…、行きたい所あるんで行ってええですか…?」

「え、あ、ええで!」


俺は顔を隠すようにして服屋を後にした。

顔が赤いからやない。
泣きそうになってもうたから。

今日は笑顔でいるって決めたんや…


そう、最後の最後まで…












俺が向かったんはCDショップ。

どうしても欲しいもんがあった。
厳密に言えばここにあるもんが欲しいんやないけど、それを手に入れる為にはここで買う事が必要やった。

謙也さんにバレんように棚からそっと手に取ったんは、見覚えのあるCD…
謙也さんから借りたあのCDやった。

部屋の机に置いてあるあのCDを見つめる度に謙也さんの言葉を思い出す。

『光の好きそうな曲やと思ったんやけどなぁ』

あのCDには謙也さんの気持ちが詰まっとる。

だって、そう言うてくれたんは飴の効力なんか関係無い。
アンタは俺に聞いて欲しいと思って貸してくれたんやろ…?

何気なく貸したとしても…
その時は俺の為にって…思ってくれてたんは確かやから。

そんな事を考えたら、返すんが惜しくなってしもた。

せやから新しいのを買うて、それをアンタに返そうって…




「なんか買うたん?」

「…新しいの出てたんで」


違う棚のCDを見とった謙也さんに近づき、俺は買うたCDをそっとカバンにしまった。


「んー、ほな、そろそろ白石に頼まれたもん買いに行こか」

「そーっすね、もうめっちゃ疲れてるんやけどしゃーないっすわ」


外に出ると陽は落ちとって、だいぶええ時間になっとるのに気付いた。



もうすぐ

終わるんやな



急激に冷めていく心。

それと同時に灰色の雲が空を覆っていった。


雨なんか降らんで。

最後は気持ち良お終わらせたいねん。


そんな事を思って、俺は自嘲気味に小さく笑ってしもた。

気持ち良お終わるなんて出来る訳ないのに、と…。















「案外頼まれたもん少なかったな」


帰り道、隣を歩く謙也さんがゴロゴロと不穏な音を立て始めた空を見上げる。

俺はドクンドクンと鳴り響く鼓動を静かに聞きながらそっと目を閉じて、最後に言おうと心に決めていた言葉を頭の中で何度も復唱した。


声に出すんが苦しい

言いたくなんかあらへん


けど…

もう、引き返す事は出来へんのや



「謙也さん」

「ん?」


急に立ち止まった俺に気付いた謙也さんは、その足を止めてゆっくりと振り返る。


「聞いて欲しい事があるんです」


曇った空からポツリと落ちた水滴が頬に当たった。
俺の目を真っ直ぐ見つめる瞳が一瞬だけ揺らぎ、何も言わない俺に不安そうな声を上げる。


「光…?どないしたん?」


その声に思わず涙が出そうになってしもて、俺は無理矢理笑顔を作った。


「今日、ホンマに楽しかったです…ホンマに…」

「うん、俺もめっちゃ楽しかったで、また次の休みにでも…」


謙也さんの言葉に小さく首を横に振り、身体の横にある手を強く握り締めた。


「次はあらへん」


次…なんて、もうあらへんのや

震える唇でその言葉を投げかけると、謙也さんは意味が分からんとでもいうふうに首を傾げる。
俺は笑みを貼り付けたままそっと目を閉じ、そしてゆっくりと開く。


「このまま謙也さんと付き合うんはもう無理ですわ」

「……え…」


ポタリ、と、雨の雫が前髪から落ちていって。
それを追うように視線を地面に向けて、俺はじわりと吸い込まれる水滴を見つめた。

謙也さんはどんな表情で俺を見とるやろか…


驚いてる?

笑ってる?

怒ってる?

泣いてる?


…そんなん…もうどうでもええ

ただ、早く言ってしまいたい…


「謙也さんの事もっと知りたいって思って付き合うてみたけど、やっぱりただの先輩と後輩でいた方がええって、そう思ったんや」


身体に当たる雨が強まって、服や髪が急速に濡れていく。
それでも、もう雨を気にする事なんてない。

気にする事が出来んほど、頭の中はパンクしそうで。
謙也さんの手が俺の腕を掴んでも顔を上げる事なんか出来んかった。


「…なん…で…?せやかて光も俺ん事…」

「勘違いせんでください…それは先輩として…仲間としての感情なんです」


自分で言うた言葉に胸が締め付けられる。

謙也さんの声が悲しみを帯びとって、それを聞くのですら我慢が出来ず、思わずギュッと目を閉じた。


自分から付き合うてって言うたのに別れを告げて…

俺、酷い奴やろ…?

アンタをめっちゃ傷つけたやろ?

せやからもう俺に近づかんで

ずっと嫌いなままでおって

飴の効力が切れた後でも、アンタにちょっとでも優しくされたら…

俺は期待してまうから

もう一度アンタに触れられるって

期待してまう…

期待して…つらい思いするぐらいなら


もう、嫌われたままでええ…



「…そういう事なんで、もう帰りますわ」

「…っひかる!」


掴まれた腕を振り解こうとした瞬間、俺は強い力で引き寄せられとった。

謙也さんの腕の中。

抱き締められたんは3回目やったけど、その中でも一番温かくて…
泣かないと決めたのに目に浮かぶ涙が止められへん。


「…嫌やッ…!」


手で押し返そうとしても、俺の力が弱いんか謙也さんの身体はピクリともせんかった。


やめて

優しくしないで

どうして俺の決心を鈍らせるような事するんや…


「…っ…これ以上俺とおったらアンタは絶対後悔すんねん!」

「俺は後悔なんか…!」

「謙也さんだけやない!俺やって後悔するんや!せやからもう離してッ…!」


これ以上一緒におったらアンタを離せなくなる

例え付き合うたまま明日を迎えて、俺を想う気持ちが消えて付き合うとるという事実にアンタが戸惑ったとしても…

優しいアンタが別れなんか切り出せる訳ないんや


「…ホンマに…アカンの?」


明日になれば効力が切れる

明日になればアンタの気持ちも消える

明日になれば全てを説明して謝って…


それで終わり



「…短い間やったけど…俺を好きって言うてくれて…嬉しかったです…」


手を突っぱねて、今度こそ温かい身体を押し返す。
手のひらに濡れた服の感触が伝わって急に冷えていくんが分かった。

最後まで謙也さんの顔なんて見れんくて。

俺は振り返りもせずに雨の中をただ必死になって走り続けた。




謙也さん


振りまわしてもうてごめんなさい

俺なんかを好きにさせてごめんなさい

傷つけてごめんなさい


でも、俺はアンタで良かったって

好きになったのがアンタで良かったって


心からそう思います






俺はホンマに幸せでした





last day...

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