Long

□★この恋=危険域
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どうして…

何で…






「せや、忍足やったな、クラスちゃうから分からんかったわ」





何で
アンタが…

ここにおんねん…





俺は驚きのあまり声も出せずに、ただ謙也さんの目を見つめるしか出来んくて。
何で、どうして、と、疑問の言葉だけが頭の中で反芻されていた。


「ほら、コイツや、その辺の女より綺麗な顔しとるし…ええ声で鳴くんやで」


先輩の手が俺の髪を掴み、無理矢理そっちに向かされる。
ふと、視界の隅の方で謙也さんの腕がピクリと動いたように見えたが俺の錯覚かもしれん…
謙也さんはそのままそこから動く事はなかった。


「…いつからこんな事しとるん?」


先輩の手が俺の首筋を撫でた時、いつもより低い謙也さんの声が聞こえた。


「客はお前が初めてやで」

「…でも、お前らはもっと前からヤッてるんやろ?」


何…言うとるんや…
そんなん前から知っとるやん…

俺は謙也さんの話の意図が分からず、ただ黙って先輩の顔を見るしかなかった。

謙也さんのその問いかけに、先輩は俺から手を離し、近くで見てる仲間に顔を向ける。


「んー…まぁ…いつからってのも覚えてへんけど…コイツが素直に抱かれるようになったんは最近やんな?」

「えーと…一週間ぐらい前ちゃう?あの日からやろ?」


あの日…

少しでも思い出しただけで胸が痛み、鼓動が早くなる…


謙也さんはそっと胸を抑える俺を一瞬だけ見て、また先輩達に視線を戻した。


「へえ…何かあったんか…?」


興味を示す謙也さんに先輩達は、自分達の行いを自慢するかのように楽しそうに口を開いた。


「それがな、ちょお前ぐらいから俺等に身体売らんくなったねん、せやから無理矢理ヤッてまおうかーってみんなでこの教室連れ込んでな」

「せや、服脱がしたらコイツのここにキスマークついとって、めっちゃ大事そうにしとるし、どうせ好きな奴でも出来たんやろ…せやからちょお脅してやったんや、そいつがおらんかったらまた抱かせてくれるんやろーって」

「コイツな、自分の好きな奴が俺等にばれたらそいつに何かされるんやないかってビビってんねん、せやから抵抗もせえへんし」


5人の笑い声が教室に響き、謙也さんは黙ったままジッとその場に突っ立っとった。


「って、俺等の話はええやろ、早よ好きにしてええで」


先輩が俺の傍から離れ近くの椅子に座った。
教室の真ん中で俺と謙也さんはお互いの視線を合わせる。
その瞬間から周りで様子を窺がう奴等なんてまるで気にならなくなった…

謙也さんの優しい目が、ただ俺だけを見つめて…
それだけで、俺の恐怖心は消え去っていた。

謙也さんは床に座ったままの俺に近づくと、そっと手を伸ばし、俺の頬を優しく撫でて離れていった。 


「…何や?それだけ?やり方知らんのやったら俺等が手本見せたるわ」


先輩が座っとった椅子から立ちあがり、伸びてきた手が俺の身体に触れる、そう思った時やった。
寸前でその手は止まる。
近くに立っていた謙也さんが先輩の腕を掴んで俺の前に立ちふさがった。


「光に…」

「は…?」


「…光に触ってええのはな…」



謙也さんはポカンとしてる先輩を睨みつけ、もう片方の手を振り上げた。




「俺だけやっ!!」




ガンッ、と嫌な音が聞こえ、さっきまで俺を見下ろしとった先輩が今は床に倒れこんでいた。
今まで聞こえとった笑い声がピタリと止み、教室はシンと静まり返る。

数秒経ってようやく、状況を把握してきた先輩達が口々に怒りを露わにした。


「なっ…何やコイツ!殴りよった…!」

「てめえ…!自分が何したか分かっとんのか!」


倒れた仲間を横目に一人の先輩が謙也さんに掴みかかってきたが、それを難なく受け止めると謙也さんは逆にそいつの襟を掴んで引き上げた。


「何したか分かっとるかやて…?それはお前らの方やろ!光に…光に何したかもう一遍言うてみい!!」

「…ッ…!!」


謙也さんの剣幕に先輩の顔は真っ青になっとって、足はガクガクと情けなく震えていた。
そんな2人を見ていた一人の先輩が不敵な笑みを浮かべながら、スッと前に出て来た。


「…はは、忍足くんやったっけ?俺等がそんなん言うたってどこに証拠があるんや…?」


周りの奴等も次第にニヤニヤと笑みを洩らし、謙也さんを取り囲んでいくのを見て、俺は息を飲んだ。





「証拠ならあるで」





突然ドアの方から声が聞こえ、全員が顔を向ける。
いつの間にか開かれていたドアの前には携帯電話を片手に、鋭い視線を向けた部長が立っていた。


「……なんで…」


小さく呟いた俺の声にゆっくりと頷いた部長は、持っていた携帯電話をチラつかせながら口を開く。


「お前らの話は全部録音させてもろたで、家のパソコンにも送ったしな」


強気に出とった先輩も、この第三者の登場に思わず顔を歪めていた。
みんな動揺を隠せないのか、焦りの表情を浮かべお互いの顔を見回している。


「何で…白石が…、そおか…お前ら最初からこのつもりで…!」

「大事な事はペラペラ喋ったらアカンなぁ、お前らの口が軽すぎて噂になっとったわ、数人で無理矢理襲った事も、今度は金儲けに誰かに抱かせる…っちゅー事もな」


部長の言葉に先輩達はジリジリと後退して、もう向かってこようとする奴はおらんかった。


「確か…、遠藤、山岸、吉岡、西城、名取…やったかな?」

「…ッ…!!?」


部長が一人ずつ顔を見渡しながら名前を口にする。
その時点で教室のピリピリしとった空気が解け、先輩達は我先にと逃げるようにして教室を飛び出していった。


「ちょお待て!」


謙也さんは最後に出て行こうとする奴を掴まえ、その怯えた表情に向かって怒鳴りつける。


「あいつらに言うとけ!もう二度と光に近づくなって、ええな!」

「わか…っ…わかったから…」


謙也さんが手を緩めると、そいつは足をもつれさせながら慌てて教室から逃げ出して行った。



「光!」


その光景を滲む視界で見とった俺は、すぐに駆け寄って来た謙也さんに抱きしめられた。




なんや…

これ…


ずっと抜け出せないって…
…後戻りは出来ないって


そう思ってた…


でも、俺の目の前にいるのは誰や…

俺を抱きしめるこの腕は何や…


呆然とする俺はただ謙也さんの声を聞くだけしか出来んかった。


「もっと早よ、光を助けたかった…、一秒でも早く抱きしめたかった…」

「………」

「…ごめんな光…、ホンマに…ごめん」

「…ッ…!」


耳元で小さく囁く謙也さんが、俺の身体を痛いぐらい抱きしめて…
その温もりに俺の目から涙が零れる。
先輩達に抱かれてる間もずっとずっと堪えてきた涙は謙也さんの制服にじわりと滲んでいった。


…なんで…ッ


「何で来たんや…!俺がどんな思いであいつらに抱かれとったか知らんくせに…!自分の気持ちがばれんようにアンタに酷い事散々言うて隠してきたのに…っ!全部台無しや!!」


ホンマはこんな事を言いたいんやないのに…

口を開いたらこんな事しか言えんくて。


「俺のせいで…アンタが傷つくかもって…何回も何回も自分の気持ちを殺してきたんや!…それやのに…こんな所まで来て…っ…」


もう頭の中はぐちゃぐちゃやった…

何かを言わんと自分がどうにかなってしまいそうで…
怖くて、怖くて…

でも謙也さんは、そんな俺に優しい声を響かせて言った。


「…うん、怖い思いさせたな、光の事…全部分かっとるから…、俺を…必死になって守ってくれたんやろ?もっと早くに気付けへんで…ごめんな…」

「………」

「今度は俺が守る番や…」


謙也さんのその言葉が、俺の張り詰めていた心を解いていく。
同時に、押し殺していた自分の気持ちがどんどん湧きあがってきてくるのを止められなかった。


「ホンマは…ホンマはずっと怖かった…、あいつらに触られるのも嫌やった…!助けてって…心の中で何回も謙也さんの名前…呼んでたんや…!」

「ひかる…」


怖いって、嫌やって、言ってはいけないと、ずっと胸に閉まってきた本音。
声に出したら全て終わってしまうと思ってたんや…

謙也さんは子供みたいに泣く俺を抱き締めながら、何度も何度も謝り続け、俺の耳元で静かに、でもハッキリとした口調で囁いた。



「好きや…、光、めっちゃ好きや」





…ずっと
声に出して言えなかった
もう一つの言葉


大切な、大切な言葉やのに

気付くまでに時間がかかって…

気付いてからも口にする事は出来んかった


今、やっと…
やっと大切なアンタに言える…




「俺も…謙也さんが好きや」




たった一言。
それだけやのに、ずっと我慢してきたものがどんどん湧いてきて、ボロボロ落ちる涙と一緒に全てが吐き出されていくようやった。


「大好き…やッ…!…もう…離さんで…、ずっと一緒におって…!」

「…何があっても絶対離さへん、ずっと光の傍におるから…」



謙也さんの手が俺の涙を優しく拭った。


視線を合わせ、手を握り、ゆっくりとキスをする。

お互いを確かめ合うようなそのキスは

屋上で初めてしたキスより…
初めてセックスした時より…

ずっとずっと幸せに感じ、唇を離してからもその想いは消える事はなくて…


ホンマに幸せやった




「光、どないしよ…」

「……?」

「俺、世界で一番幸せかもしれん」

「……アホ…」



大げさや、とか思いつつも全く同じ事を考えとった自分に小さく笑いながら、俺は謙也さんの胸の中でそっと目を閉じる。






随分、遠回りをしてしもた…

でもな、そのおかげでやっと分かったんや…




謙也さん、俺…


今なら胸張って言えるんや…





セックスだけやない



キスも

手をつなぐことも

視線を合わせることも

言葉を交わすことも

笑い合うことも



全部全部…


アンタと一緒なら

それはお互いを愛する為に存在する行為になる





これが俺の出した答え



いつかアンタに聞いて欲しいと思っとった

俺の答え








「…謙也さん」

「うん?」

「…あのな…聞いて欲しい事があんねん…」








この先はもう分かっとる…




アンタは俺の答えを聞いて、めっちゃ嬉しそうに笑うんやろ…





この答えが
間違ってるハズないんや









だってこれは



危険な恋の中で



アンタが俺に教えてくれた









俺達だけの答えやから…








END


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