Long

□★この恋=危険域
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after…







あのつらい日々から、どれぐらいの時間が過ぎたんやろか…

そんなに経ってもいない気がしたけど、このコートに立つのは随分と久しぶりに感じて。
毎日のように着ていたユニフォームに袖を通し、自分の左手に吸い付くようなラケットのグリップを握る。
踏み慣れたコートの感触を確かめながら、俺は眩しい程照りつける太陽を見上げた。


「わぁぁぁ!ひかるー!!」


次の瞬間、コート中に聞こえるでっかい声で叫びながら両手を広げて泣きそうな顔をした遠山が一目散に走ってきて。
こいつホンマにうっさい…なんて思いつつも、俺はその日常的なものを心地良く感じ、小さく笑みを漏らした。


「光!具合大丈夫なんかー!?アホになったりしてへん?」

「…は?」

「白石がな、言うとったで!光は放課後になると急にアホになってまう病気なんやって!せやから部活休んでたんやろ!?」


…何やそれ。

遠山のオロオロする顔をポカンと見つめとると、どこから来たのか笑顔の部長が遠山の肩を叩いた。


「せやから金ちゃん、言うたやろ?天才なんて呼ばれとるような奴がアホになってまう病気放っとく訳あらへんて」

「せやなー!これでやっと光とテニス出来るわぁぁ!!」


なんて言いながら遠山は嬉しそうにコートを走り回って…
俺は部長に睨みつける…とまではいかへんけど、そんな視線を向ける。


「もうちょっとマシな言い訳なかったんすか…?」

「ん?嫌やった?せやけど金ちゃんにあまり難しい事言うても通用せんし、まぁええやろ」


部長は少しだけ意地悪く笑い、俺に背を向ける。
コートで走り回るうっさいヤツを止めに行こうとしてるんやろ、騒がしい遠山を目で追いながら溜息をついとって。
俺は咄嗟にその背中を呼び止めた。


「…部長!」


そう、ちゃんと言わなアカン。
俺がここに居られるんはこの人の協力なしには叶わなかった事やから…

部長は俺の呼びかけに振り向いて、少し緊張しとる俺を見つめる。
でも俺はすぐにそれを言う事は出来んかった。

何て言うてええのか…
何て言いたいのか…
そんなんはもう分かってるのに、いざ言葉に出そうとすると何かが邪魔をする。

ありがとうございました

そう、言いたいだけなんや。


「あの…、この前は…その…」


なかなか言葉にする事が出来ん俺を見て、部長は優しく、そして綺麗に笑った。
俺が何を言いたいのか分かったかのように一回だけ頷いて、そして俺の頭をポン、と叩く。


「ええって、お前は大事な後輩やし、礼なら謙也から死ぬほど言われたわ」


そう言って笑った部長の視線は俺のやや後ろに移って、俺の頭に触れていた手をパッと離す。
部長の視線の先を追おうとして後ろを向こうとした俺は誰かの影が自分に重なるのを感じた。


…誰か…?
ちゃう…

そんなんは分かってんねん


「…謙也さん」


少し高い位置から俺を見下ろす優しい目と視線がぶつかると、謙也さんはめっちゃ嬉しそうに笑って…
その笑顔に俺は思わずドキドキしてもうた。


「光、どや?久しぶりの部活は」


なんて言いながら、謙也さんは俺の顔を覗き込む。


「…そんなん、今来たばっかやし」

「ははは、せやなー、あ!ダブルス!ダブルスせえへん?小春とユウジに相手してもろて!」


謙也さんは嬉しそうに子供みたいにはしゃいで、遠くにいた小春先輩とユウジ先輩に大声を出して手を振って。
そんな姿を見て、俺はやっと日常を取り戻したんやなって、そう思った。
謙也さんが俺に手を差し伸べてくれてから始まった幸せなあの日々。
途中でそれを手放してしもたけど…
今はもうそんな馬鹿な事はせえへん。
謙也さんがおらんかったら、俺はずっと間違った道を進んでいたんやと思う。
せやから俺は、今ここにおる自分が奇跡やって…みんなと笑い合える自分が奇跡やって…
ホンマにそう思った。


でもな…

一つだけ…


一つだけ元に戻らない事があんねん…


「光、早よ行くで!」


謙也さんの手が俺の腕を掴もうと伸びてきたが、それは触れる寸前で止まった。
あ…って顔をした謙也さんはその一瞬で手を引っ込めて、上手く笑えてへん顔を俺に向けて。
小春先輩とユウジ先輩が待つコートに向き直った。

掴まれるハズやった腕が…
妙な感覚で疼く

こんなやり取りは昨日今日始まった事やなくて…

あの日。
先輩達から俺を救ってくれたあの日を境に、謙也さんは俺に一切触れて来なくなった。
抱き締める事もキスをする事も…セックスだってしてへん…
謙也さんは異常なまでに俺を避けてる。
避けてるって言っても昼休みとか帰りとかは一緒にいるし、俺を見る謙也さんの目は前にも増して優しくて、言葉にせんでも好きやって言うてるんが分かる。
 

…それやのに…

どうして…?

何で謙也さんは俺に触れて来おへんねん…


聞ければええんやけど、それを聞くんが怖い。
嫌な事ばっかり考えてまうねん…

あいつらに犯され続けた俺の身体にはもう触れたくないんやろか…とか、そんな感じの事。
謙也さんは優しいから、嫌やって正直に言えへんのやないかって…
不安ばかりが胸に渦巻く。


俺は謙也さんに…

…触れたい…

触れて伝えたい
アンタが好きやって
世界の誰よりも好きやって…

でも、それは叶わない。
俺が手を伸ばしても、熱の籠った目で見つめても…
アンタは軽くかわしていくんや…

もう、どうしたらええのか自分でも分からへんねん。


「おーい!光ー!!」


遠くで呼ばれた声に、俺はゆっくりと顔を上げる。

俺がこんな事を考えてるなんて思ってもへんのやろ…?

謙也さんの笑顔に胸が締め付けられる。
せっかく幸せを掴んだのに、俺は不安を感じずにはいられんかった。

…って。
何考えとるんや、俺は。
前では考えられんほど今は幸せやん…
何でもかんでも求めたら、バチが当たるわ…
きっと…
明日になれば、謙也さんは俺に触れてくれるかもしれん…

…うん、きっと明日になれば…


自分にそう言い聞かせて小さく頷き、謙也さんが呼ぶコートに向かった。




 






そんな俺の思いは虚しく、何日経っても謙也さんは俺に触れる事はなかった。
ただ、話をして…一緒におって…部活をして…
そんな事の繰り返しで俺は日増しに不安が大きくなっていくんを止められんかった。
頭にあるのは、どうして、何で…と、疑問の言葉だけ。
もしかしてもう俺んこと好きやないんかなって、そう考えてしまう日も少なくはない。


…もう不安で不安で頭がおかしくなりそうや…

せやから俺は『賭け』に出ようと決めたんや…









「それでな、そん時のユウジのギャグが最高におもろくて…」


肩を並べ、いつも通りに帰路を歩く。
謙也さんはベラベラと今日あった出来事を話しとって。
俺は適当に相づちを打ちながら、いつ言おうかなんて考えていた。

謙也さんは毎日家まで送ってくれるんやけど…
今日はそういう訳には行かんねん。

俺はグッと拳を握り締め、隣を歩く人物に顔を向ける。


「そしたら白石がめっちゃ真剣な顔で…」

「謙也さん」


いきなり俺が声を出したから、謙也さんはキョトンとして俺を見る。
笑みを漏らしながら、何?って首を傾げる仕草が俺の鼓動を速くさせた。


「…あのっ…」

「うん?」


…何でこんな緊張せなアカンねん…
あぁ…
なんか思い出してまう…
初めて謙也さんとセックスした日も誘う時こんな感じに緊張しとったな…って。


「…け、謙也さんち…行ったらアカン…?」

「…え…っ…」


絞りだすようにして出てきた自分の声は震え、妙なトーンで聞こえたような気がした。
チラ、と隣に視線を送ると、笑顔のまま固まった謙也さんと目が合うて…
今まで饒舌やった謙也さんの口からは短い言葉しか出んくて、俺を見とった目が明らかに動揺したんを見逃さんかった。


「……アカン…?」

「いやっ…!アカンこと…ないけど…、えっと…今から…?」

「都合…悪いん?」

「そ、そうやなくて…」


はっきり返事をしない謙也さんは何かを考えるように顎に手を当てて。
その時間、俺はじっと謙也さんの答えを待った。


…お願いやから…

ええって言うて…


祈るような思いで見つめると、謙也さんはぎこちない笑顔を向けて俺を見る。
ドキドキとうるさいぐらい鳴り響く心臓の音が聞こえてまうんやないかってぐらい耳障りやった。


「ええで、せや、久しぶりに家で遊ぶんも悪ないな!」


謙也さんはそう言いながら少し前を歩いて行く。
俺は安心したようにホッと息を吐き、その背中を追いかけた。






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