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□★この恋=危険域
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キーンコーンカーンコーン…


聞きなれたチャイムの音が聞こえ、廊下に出ていた生徒達が急いで教室に入って行く。

俺はそんな風景を見ながら教室とは反対方向の階段を下り、特別教室などがある廊下を歩いていた。

次の時間は俺の嫌いな古典やし…
今日はなんやサボりたい気分や

わざわざ人通りの少ない廊下を通ってるんは、教師に見つかって連れ戻されんようにするため。
まぁ、ここだって誰も通らないって訳ちゃうし、堂々とは歩けんから出来るだけ足音をたてず、廊下の端の方を歩いた。


「あ、財前やん」


急に声が聞こえ、一瞬、教師に見つかったと思ったけど、振り向いたら俺と同じ制服を着た生徒やった。

ちゅーか誰?


「…何すか…、アンタの事知らんけど…」


近づいて来る人物は、俺の記憶の中にはおらん。
ただ、上履きの色が3年やったから一応敬語で返事したんやけど…

…委員会の先輩やろか…


「うわっ…覚えとらんの?酷いなー」


そう言いながら笑顔を向けるその人を軽く睨みつけ、俺は咄嗟に身構えとった。


「…ホンマに忘れてるん?まぁ、1回だけやったしなー」

「………」

「この前視聴覚室でヤッたやろ」


……
あー…
あん時の…

思い出した言うても相変わらずコイツの顔なんか覚えてへんし、どんなセックスやったかも覚えてへん。
ただ視聴覚室でヤッたんは覚えとる。
単にそこは俺の好きな場所やったから。


「なぁ、サボり?」

「…まぁ…そんなところっすわ」


そう言うと、そいつはいきなり俺の肩を抱き、耳元に口を寄せた。

なんやコイツ
気持ち悪…


「暇なんやったら今から俺とせえへん…?」


肩に置かれた手を払いのけ、そいつから離れる。

妙にベタベタしてくる奴は嫌いやねん
そういう奴に限ってセックスもねちっこい


…でも…


「ええっすよ」


俺はあっさり返事を返す。


それとこれとは話が別や…
どうせ今日は誰とも約束してへんかったし、特別眠い訳でもないし…


「ホンマ?よっしゃ、ええ場所あんねん、そこでシよか」

「ええけど約束は守ってや、先輩」

「分かっとるわ、金やろ?かわええ顔してやる事はえげつないなーお前」


笑いながら俺の前を歩く先輩が、こっちこっちと手招きをする。

どこでするんやろ…
もう視聴覚室は嫌やなー

なんて考えながら、俺は先輩の後について行った。










「ここや」


先輩がガラガラとドアを開けて中に入る。
途端にむわっとむせかえるような消毒液の匂いが鼻孔をくすぐった。


「…保健室て…、先生おるんちゃいますの?」

「今日は出張なんやてー、ドアに書いてあるやろ」


言われた通りドアには出張中という張り紙が貼られとった。

…そういえば朝のHRで保健の先生がどうとか言っとったかもしれん…
あんなん半分も聞いてへんから分からんけど…

ドアを閉めて中に入ると、まっさらなシーツがひかれたベッドが目につく。
その一つに先輩が座り、俺はゆっくりとそこに近づいた。


「なぁ、先に払った方がええ?」

「別にどっちでも」

「ほな、早くヤらしてや…保健室とかめっちゃ興奮するやんなぁ」


強い力で押し倒され、ベッドのスプリングがぎしっと鳴った。
先輩が俺の制服を脱がしている間、白い天井をじっと見つめる。

…シてる時は何の感情も起きへん…
気持ち良いとかも、あんま感じた事あらへんし…

ただ、ひたすら終わるのを待つだけ…


「…ッあ…」


…まぁ、全然感じへん訳ちゃうから声とかは出るけど…


やわやわと胸を撫でられ先輩の手が腰まで下がった時、その動きはピタリと止まる。
不思議に思って目を向けると先輩の手には白い布が握られていた。


「なぁ、目隠ししてもええ?」

「…は…?」


何を言われたのか、一瞬理解が遅れた。
先輩は布を俺の目に押し当てて視界を遮る。

俺は急いで目にかかっていただけの布を取り払った。


「…いやや!何すんねん!」


取った布を奪われ、いきなり腕を抑えつけられる。


「ええやん別に、こっちの方が燃えるやろ?」

「ちょ、ホンマに…やめッ…!!」


アカン…
コイツ変態やったんか…
って、悠長にそんなん思ってる場合とちゃうし!


必死に抵抗したところで上に乗られとる俺は不利やし、第一、コイツとの体格が違い過ぎる…

楽しそうな顔で俺を追い詰める先輩に、もう一度言葉を発しようとした時やった。


ガラガラガラ


突然保健室のドアが開く音が聞こえ、俺も先輩もそのままピタリと固まった。

息をひそめて入って来た人物の動向を窺がう。

今声を出せばこの窮地を脱する事が出来るんやろうけど、男に押し倒されとる姿見られんのはマズイ…

俺は保健室に響く足音を聞きながら頭ん中で必死に考えていた。


「センセー、突き指してもうたんやけどー…おらんの?」


その声にハッとなる。

聞き間違う事のない声は、毎日のように聞いているあの人の声や…


「…謙也さん!」


静寂を破るように発した声に、足音が止まった。
俺の上に乗っていた先輩は驚いた顔で俺の顔を見ていた。
まさか俺が叫ぶとは思ってへんやったやろ…
俺だってそんなつもりなかった、あの声を聞くまでは…


「…ひかる…?」


カーテンの向こうから、俺の名前を呼ぶ声。

それをきっかけに先輩は俺の上からものすごい速さで退き、俺を睨んでからカーテンの向こうに飛び出した。


「…チッ…邪魔しやがって」

「…えっ…な…、ちょお…!」


身体がぶつかるような音が聞こえ、荒っぽい足音は廊下の方に消えた。

俺はハァと大きな溜息をつき、乱れた服のまま起き上がると薄いカーテンをカラカラと引いた。


「謙也さん、おおきに」


体育の授業やったのかジャージ姿の謙也さんは、俺と目が合うと指を抑えながら口をパクパクさせとった。


「ひ、光!何やその格好!?どないしたん?」

「どないしたって…セックスしようと思うててんけど…」

「なっ…!セッ…!!?」

「そしたらあの変態が目隠ししたいとか言うて、拒否ったら無理矢理やられそうになったんすわ」


グシャグシャに乱れたシャツのボタンを留めながら言うと、短く「そおか…」と返ってきた。


謙也さんとこの話をするんは2回目。
この前は部室で話とって、あの後は特にこの話題に触れる事もなく普通に接してた。

単にゴチャゴチャ言われんのが嫌やったから、俺が避けてたんもちょっとあるんやけど…

今日は避けて通るんは無理やなぁ…
見られてもうたし。


謙也さんは壁際の棚を開け、何やらゴソゴソと探しとるみたいやった。


「……さっきの奴とは…その…何回もしとるんか?」

「前に1回ヤッただけですわ、覚えとらんけど」


俺が近くの椅子に腰を下ろすと、真新しい包帯と湿布を持った謙也さんが隣に座った。


「そういえば突き指した言うてましたね、部活どないするんすか?」

「あ、あんま痛くないねんけど、白石が念の為行って来い言うから来ただけやねん…、一応今日の部活は見学やな…」

「…それ、やったりますわ」


謙也さんの手から包帯と湿布を奪い、隣の人物に向き直った。


普段ならこんなん頼まれてもせえへんけど、あれや…
謙也さんが来んかったらあのままヤられとったかもしれんし…
相手の股間蹴って逃げても良かったんやけど、逆ギレされたら後々めんどいし…

まぁ、なんというか、お返しみたいなもんや


「…ほな、頼むわ」


遠慮がちに出された手に触れると、中指が少し腫れているのが分かる。
普段こんなん自分でやらんし、人のやと尚更緊張してまう。
いつもうっさいぐらいの謙也さんが一言も話さんから、俺がチラッと目をやると謙也さんは自分の手をジッと見とった。

…にしても、包帯巻くのムズイなぁ
どんぐらい巻けばええのかも分からんし

俺が包帯を行ったり来たりさせとると、急に上から声が聞こえた。


「…何でこんなことしとるん?」


やけに悲しそうなその声に、思わず顔を上げ、俺は首を傾げてしまった。


「は…?何でって突き指してるんやったら包帯巻かな…」

「ちゃうくて…その…さっきの…」

「…あぁ」


身体売っとる方か…

謙也さんから目線を外し、やり掛けの包帯に視線を戻す。

この前も思ったけど…
謙也さんちょお気にしすぎやない?
そら、今日は謙也さんがおらんかったら危なかったんは確かやけど…
自分に関係あらへんやんか…


「単に金が欲しいだけっすわ、小遣いだけやと欲しいもん買えんし、中学生やとバイトすら出来んし」

「…で、でもな…」

「それに、男同士やとなかなか本気にならへんやろ、相手も俺が女やなくて後々面倒な事にならんから都合ええ言っとるし、俺だって好きだとか恋愛感情持たれるとウザったいから丁度ええし」


言いながら、包帯の端をハサミで切り軽く結ぶ。
お世辞にも綺麗とは言えんけど、我ながら上手く出来た方やと思う。

残った包帯をくるくると巻き、謙也さんに顔を向けた。


「…謙也さん?」


名前を呼んだ途端、謙也さんは俺の肩を掴み、この前部室で見た時と同じぐらいの泣きそうな顔で言った。


「どうしてもやめへんの?…なぁ、また危なくなったらどないするん…?俺は…、俺は光がそんな目に合ったり、誰かに身体売っとるのなんて嫌やねん!」


必死にそんな事を言う謙也さんに、少し腹がたった。

良い事をしとるなんて思っとらんけど…
身体売るってそんなに悪い事なん?

自分の身体やで?
相手だって納得して金払っとるんやで?


俺はイライラしていたのもあって、肩に置かれた手を振り払うと、出来もしないようなありえん事を口走っていた。


「別に謙也さんがアイツらの変わりに金払って抱いてくれるんやったらやめますけど」


…なんてな。

自分でも馬鹿げた事を言ったと思い、自嘲気味に笑った。

こんな冗談、謙也さんは笑えんやろなぁ…


後ろの棚に残った包帯をしまおうと椅子から立ち上がり、少し高い位置にあった空きスペースに手を伸ばした時やった。


「今の言葉、ホンマ…やな?」

「…えっ…」


振り向くと、そこには真剣な顔をした謙也さんが俺を見降ろしていた。


「俺が金払って抱いてもええんやな?そしたらもう他の奴に身体売らんのやろ?」

「…はは、俺の相手何人おると思ってるんすか?謙也さん一人で何が…」

「そんなん、やってみな分からんやん!」


そう聞こえた瞬間、俺は謙也さんに抱き締められとった。
大きい腕が俺の身体をすっぽりと包みこみ、謙也さんは俺の肩に顔を埋めていた。

押し返そうにも、あまりの力の強さに謙也さんの身体はビクともせんかった。



…何でそこまで…

俺の事なんか放っておけばええやん…





「謙也さん、アンタ自分が何言うとんのか分かってます?金払って男を抱くんやで?それもただの後輩を…」

「……光は…ただの後輩なんかやない…」



謙也さんの消え入るような声が、頭ん中で何度も繰り返された。



それはまるで、大切な何かを…

俺に伝えようとしてるみたいに…








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