Long

□★この恋=危険域
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「謙也さんて彼女とかおらんのですか?」


朝練の始まる前、いつもより早く部室に行った俺は、誰よりも早く来とる人物に話しかけた。


「え、何や突然…」


朝練のメニュー表を見とった部長は、目の前に座る俺へと視線を移した。


「別に…、ただ気になっただけっすわ」

「謙也なぁ…、確か2年の最初ぐらいまでは彼女おったけど…それ以降はいないみたいや」

「へー…何でふられたん?」

「……ふられたって決めつけるんか、ちゃうで、謙也がふったんや」

「…えっ…」


部長は少し笑いながら、メニュー表のページをめくる。
俺は謙也さんが彼女をふる姿を想像しようとしたが、あまりにも似合わないその光景が頭に浮かぶ事はなかった。


「…ちょお想像出来ませんわ、何で別れたんですか?」


部長は俺の目をジッと見つめ何かを言いかけようとしたが、カチッと針が動いた時計に目をやると深くため息をついた。


「…さぁな、そんなに気になるんやったら本人に聞いた方が早いんちゃう?」


ガチャ

部長の笑顔を見た途端、部室のドアが開く。
7時30分ジャスト。
そこにいたのは今まさに話題に出ていた人やった。


「おはよーさん…!えっ?光!?」


勢い良く挨拶をした後、謙也さんは普段いるはずのない俺に目を向けた。

そらそうや
こんな朝早く来たん初めてやし…
不思議やろな…


「…どーも」

「お、おう…、どないしたん?いつもより早いやん」

「早よ目ぇ覚めたんで来ただけっすわ」


…まぁ、そんなん嘘やけど…

朝弱いのにいつもより早く起きたんは部長に聞くためやった。
アンタの事を…



昨日保健室で、何を言っても離してくれんかった謙也さんに、俺は「分かった」と言うしかなかった。

もちろんそんなんその場の返事やったけど、謙也さんは俺に「約束やで」って…
めっちゃ安心したように笑ってて…

その笑顔を見て、また疑問が浮かぶ…

何でそこまでするんやろ…と。


その後の部活は、当然謙也さんは見学やったけど気付けば目で追っている自分がいた。
視線が合いそうになると、慌ててそらしたんが何度かあった。

家に帰ってからも考えた…

謙也さんが俺を抱く理由って何やろって…

でも考えた所で理由なんかわからんし…

まぁ、彼女がおらんのやったら溜まってんのやろか…ぐらいの考えしか浮かばんかったから…
部長に聞いたんやけど…

今は彼女おらんみたいやし、やっぱそうなんかな…


「財前、謙也に聞かんでええんか?」


部長が俺に耳打ちをした。
耳打ちって言っても小声とかじゃないから謙也さんに聞こえてるんやけど…


「え?何?」


案の定それに反応した謙也さんは着替えようとした手を止め、俺の顔を凝視した。

ニヤニヤした部長と首を傾げる謙也さんを見て、俺は部室のドアに足を向ける。


「……何でもないっすわ」


そう言ってドアを開け、まだ誰もいないコートに足を踏み入れた。




…謙也さんを目の前にして、何故か聞けんかった…

うまく言えんけど
めっちゃ気になっとるみたいで嫌やった



…どうでもええねん、謙也さんの事なんて…

あっちだって興味本意で俺にちょっかい出すんやろ?


何も知る必要なんて

ないやんか…














昼休み。
俺は立ち入り禁止と書かれた屋上にいた。
こんなん書いてあっても鍵が開いてるんやったら何の意味もない。
現に俺以外にも弁当を食ってる奴とか、話してる奴とかおるし。
まぁ、そろそろ予鈴が鳴る頃やから、みんな片付けとるんやけど…
俺は屋上から出て行く奴等とは逆に、広々としたコンクリートの上に腰を下ろした。

ガヤガヤとうるさかった屋上も授業中はめっちゃ静かで、意外と好きな場所やねん。
サボるには丁度ええ。

最後の一人が出て行くのを何気なく目で追うと、すれ違うように誰か入ってきよった。


「…あ……」


俺と視線があったその人は屋上の扉を片手で閉めると人懐っこい笑顔を向けた。


「教室帰ろうと思ったら光が階段上がんの見えて、急いで追いかけたっちゅー話や!」

「え…あぁ、そーですか」


ハァハァと息を切らし、謙也さんは俺の座っとる場所まで来るとゴソゴソとズボンのポケットを探っている。


「これやるわ」

「…え…?」


謙也さんがピンク色の四角い物体を俺の目の前に出した。


「…いちごオレ…?」

「さっき間違って買おてしもて…、光好きやろ?飲んでや」

「…はぁ、ええですけど」


俺はパックのジュースを受け取ると、謙也さんは嬉しそうに笑った。

これ渡すために追って来たんか…?
…別にええけど…

冷たいジュースにストローを刺して口をつけると、甘い液体が喉を通る。
謙也さんは俺の隣に腰を下ろし、自分で持っていたお茶を飲み始めた。


「なぁ、さっき白石と何の話しとったん?」

「へ…?」

「俺に聞かんでええんかって言っとったやん、結局白石教えてくれんかったし」


あぁ、部長言わんかったんや…



それでも本当の事を言う気にはなれんくて…



「えーと…上手なキスの仕方とか…?」

「えぇ!!?」


謙也さんは目を丸くしながら驚いとる。

ちゅーか嘘やで、何信じてんねん。


「そ、そおか…まぁ…白石なら知ってそうやな…」

「…はぁ…」

「…それで何で俺が出てくるんや?」

「いや、部長が他の奴にも聞いたらどうや?って言っとって、丁度そこに謙也さんが来ただけっすわ」


…めっちゃ苦しいなぁ…
この言い訳…

なんでキスやねん

別に聞きたないわ


「でも俺上手くないで?ちゅーか基準が分からんけど…」

「もうええねん、自己解決したんで」


謙也さんは少し不安そうな表情を浮かべ、俺がもう何も話さんから静かに隣に座ってるだけやった。



サァッと柔らかい風が吹き、俺は小さな欠伸を噛み締める。
今日の朝はいつもより早く起きたからホンマ眠い。
寝ようと思ってここに来たんやけど、今はそんな感じやないしな…

この人は何しに来たんやろ…

何でここにおるんやろ…


隣の人物にちょっと目線を向けると、チラチラと謙也さんの視線が当たる。
それは俺の目やなくてちょお下の方。

咥えていたストローを離し、わざと唇を舐めると謙也さんは慌てて視線をそらし、お茶を勢いよく吸っていた。


…もしかして…


「…謙也さん、俺とキスしたいん?」

「…ぶはッ!!!」


謙也さんは顔を真っ赤にしながらボタボタと口からお茶を垂らしとった。


きったな…
幸い俺にお茶はかからんかったけど…


手で口元を拭いながら目を泳がせとる謙也さんは、めっちゃ動揺しとってちょっとおもろい。


「な、ななな…何でっ!?」

「いや…、…謙也さんが俺の口ばっか見とるから思っただけっすわ」


更に顔を赤くして、ちゃうねんちゃうねん!と必死に首を振る謙也さんを見ると、あながち外れた訳でもなさそうや、と笑みを浮かべる。


「してもええですよ、これのお返しや」


俺は空になったパックを手でつぶしながら素っ気なく言った。


俺の相手の中にはキスしたいって言う奴おったし…

今更、身体売っとんのにキスはダメとか考えんし…


まぁ、俺にとってはセックスするぐらいどうでもええ事や…



「…ええの?」


謙也さんの遠慮がちな声が聞こえ、その人物に視線を移す。
瞳は真っすぐ俺を映し、少し前のめりになった謙也さんがすぐ近くにいた。


「…男相手に気持ち悪ないんやったら別にええ…」

「ひかる…」


言葉の途中で、唇に謙也さんのそれが触れた。

触れるだけのキス…


俺の肩に置かれた謙也さんの手が少し震えとって、緊張しとるんやろか…と考えながら目を閉じた。

おとなしくジッとしていると、謙也さんは啄ばむようなキスをして俺の唇を舐めた。


…謙也さんて意外と大胆やな…

まぁ、減るもんやないし…ええか…


俺が薄く口を開くと、すかさず謙也さんの舌が口内に入る。
歯列をなぞり、舌を絡めとられ、性急なその行為に少し息苦しくなってギュッと目を閉じた。


「んッ…ふぁ…」


俺の口内を動き回る舌が妙に熱くて、頭がジンジンする。
 

…キスってこんなんやったっけ…?


普段もあんませえへんけど…
セックス以上に、早よ終わって欲しいって思っとった気がする…

だって口と口をくっつけるんやで?
気持ち悪いやん…

まぁ、金になるからしとったけど…



そんな事を考えてると、肩に置いてあった謙也さんの手の重みが消えた。
不思議に思って目を開くと、熱っぽい視線で俺を見る謙也さんと目が合う。


「…え…、ちょ…」


するりと腰を撫でられ、シャツの隙間から謙也さんの手が入る。
その熱い手は意志を持って俺の肌に触れた。


その瞬間、ドクンと胸が鳴った。

ただ触れられてるだけやのに、ビクビクと身体が震えとって、俺はいつもと違う感覚に焦りを感じた。


…あれ…?

なんやこれ…


「…ひかる…」

「…ッ!?…あ!んんッ…」


謙也さんの手が胸を撫でた時、身体に電流が走ったみたいに大きく震えた。


…ッ…アカン…

何で…


こんなん…ちゃうやろ…!?



カチャとベルトに手をかけた音が聞こえ、俺は謙也さんの身体をドンッと押し返した。

ちょっと驚いた謙也さんの顔が一瞬、悲しそうに歪む。


「ここでするとか嫌やし、…もう授業始まるんで行きますわ」

「あ…せやな…すまん…」


謙也さんは俺から離れて気まずそうに笑った。
俺は下に落ちている自分のゴミを拾い上げると、謙也さんの横を通り抜けドアの方に足を向ける。


「ほな、また部活で」


顔は見れなかった。
そのまま振り返らずに屋上を後にする。

ドアが鈍い音を立てて閉まると同時に、俺は階段を駆け降りていた。





くそ…

くそっ…!!


認めたくない

信じたくない



俺にとってセックスなんてただの金儲けの道具に過ぎん


相手は快楽を求めるだけや



なのに…

アンタのはちゃう



俺に触れるアンタの全てが


俺自身を求めてる



俺はその感覚に妙な感情が湧くのを止められんかった…








どないしたんやろ…



触られた所がめっちゃ熱い…


俺の名前を呼ぶアンタの声が

頭から離れへん…






謙也さん…


アンタは俺に




何したん…?







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