Long

□★この恋=危険域
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ピピピピピピ…



煩い電子音と共に夢の中から引きずり出され、俺は重いまぶたをそっと持ち上げた。
顔の横で鳴り響く携帯電話を一瞥して停止ボタンを押す。

今日はまだ寝てたい気分やねん…
何かええ夢見とった気するし…

小さく欠伸をして再び目を閉じようとした時、階下から階段を上がる音が聞こえ、俺は思わず顔をしかめた。


「光ー!まだ起きへんの?」

「うっさい、勝手に入ってくんな」


俺の言葉も虚しく開かれたドアから兄が顔を出してきて…、ホンマにうざい。


「もう起きんと遅刻すんでー」

「…ええねん、放っとけ」

再び布団に潜り込むと、一度出て行こうとした兄がまたドアを開ける音が聞こえ、ホンマに怒鳴ったろうかと思った時やった。


「あ、なんかめっちゃ頭の明るい子が外で待っとるけど…光の友達ちゃうん?」

「………え…」


ガバッと勢い良く起き上がると、今まであった怒りと眠気が完全に吹っ飛んだ。

…まさか…
いや…
…ちゃうよな…

そろそろと窓を開けて顔を出すと、まさに俺の頭の中にいた人物が目に飛び込んでくる。
何でこんな朝っぱらからここにおんねん…

窓を開ける音に気付いたのか、玄関前に立っとったその人は俺を見上げて手を振った。


「…お、まだ寝とったんか?早よせんと遅刻してまうでー!」

「…謙也さん…何でここにおるんですか」

「んー…ちょお光に用事があってな…」

「…はぁ…、ほな少し待っとってください」


そう言うと、窓を閉めてその場から離れた。

…なんや…、いきなり謙也さんおってビックリしたんもあるけど…

めっちゃ心臓ドキドキしとる…
謙也さんの顔なんて見てもうたから、なんや昨日の事を思い出してしもて…
顔をぶんぶんと横に振った。


「…光、なんかめっちゃ顔赤いで?どないしたんや?」

「……ッ!?」


アカン…
コイツおったの忘れとった


「ええから早よ出てけ!」


思いっきり枕を投げると、兄の顔に見事に命中しとって、光が反抗期やーとか言うて階段を降りていった。
誰が反抗期や、ええかげん弟離れしろっちゅーねん!
…って、こんなんしとる場合とちゃうわ!

俺は急いで制服に着替え、いつもめっちゃ時間かけてセットする髪も短時間で終わらせた。
浪速のスピードスターもビックリな速さやで、これ…。
別に謙也さんが逃げる訳でもないのに…、どんどん気持ちだけが焦っていって…
早よ玄関を飛び出して…
「おはよ」って笑顔を向けて欲しくて…
昨日会ったばっかりやのに、もう何日も会ってなかったみたいな感じや…。

靴を履いて、ドアの取っ手に手をかける。
急ぎ過ぎて乱れた息を整え、深く深呼吸をしながらゆっくりとドアを押し開いた。


「おはよーさん、光」


謙也さんのキラキラした笑顔が俺を迎える。
それを見ただけで朝からめっちゃ嬉しい気分や…

謙也さんってこんな格好良かったっけ?なんて考えてみる。

…うん…、謙也さんは謙也さんや…
何も変わらへん…

変わったのは

俺の方や…


「おはよーございます…」


急に恥ずかしくなって顔を背ける。
謙也さんはそんな俺を見て申し訳なさそうに眉をひそめた。


「…やっぱ迷惑やった…よな…?朝から押しかけてしもて、ホンマごめんな」

「…え、…いや……」


…次の言葉が見つからん。
……ちゃうねん
全然迷惑とか思ってへんのやけど…
それが素直に言えんかっただけなんや…


「別にええですけど…、用事って何なん?」

「え…、あぁ…うん…」

「……?」


どこか歯切れの悪い謙也さんは、そわそわしてて落ち着かんみたいで。
不思議に思ってジッと見ると、何やらボソボソと口を開いた。


「その…昨日のアレで……身体…、大丈夫やった…?」

「…え…っ…」


一瞬何を言われてるのか分からんくて、思わず変な声を上げてしまった。
急に謙也さんの顔が赤くなって、なんやこっちまで顔が熱くなってしもた。


「変な事聞いてしもてスマン!!…でも…俺には痛いとか分からんし…」

「…そ、そら、ちょおダルイんはありますけど別に初めてやないし…!」

「…そ、そおか……、うん…」


謙也さんは笑って、でもどこか寂しげに頷いた。

ちゅーかこの人…
こんなん心配しとったんか…?

今までの奴らなんて終わっても俺の身体なんて全然気にしとらんかったし、むしろ明日もヤりたいとかぬかす奴おったし…
いや、心配とかされてもウザいから別にええんやけど…

なんや謙也さんにそう言われると…
ちょお…というか…
…めっちゃ…嬉しかったり…して…


「あ、せや!忘れるとこやった」


突然、何かを思い出したように、謙也さんは手をポンっと叩くと、自分のポケットから何かを取り出し、俺の手にそっと置いた。


「昨日、あの後すぐ帰ってしもたやろ?忘れもんやで」

「……あ…」


手の上に置かれていたのは、きちんとたたまれたお札。

あぁ…すっかり忘れとった…
…こんなん…いらへんのに…

ちゅーか…金額とか言うてへんかったけど…
いくらなんでも多すぎや…


「…アンタ…俺の身体にいくら出すつもりやねん」

「えっ!足りんかった!?」

「…アホ、多すぎや」


謙也さんの手に無理矢理返して俺はそのまま学校に向かうため足を踏み出し、駆け足で道路を横切った。


「え、光!どうすんねん!」

「今度ぜんざい奢って下さい、それでええっすわー」


振り返りながらアワアワしとる謙也さんを見て大声を出し、小さく笑った。


謙也さん…
俺はもう、アンタから貰ってんねん…

何を…と聞かれたら、うまく答えられんかもしれんけど…

俺には充分過ぎる程の

大切なものなんやと思う…



「ひかるー!待ってや!!」

「アカン、あと10分で遅刻やで」


俺はにやけてしまいそうになる顔を隠しながら、心の中にある暖かいものをずっとずっと感じていた。





それから俺は、毎日のように謙也さんとセックスするようになっとって

当然金は貰わんかった。

今は欲しいもんがないからいらんって言ったら、謙也さんは少し困ったような顔して…
「じゃあ…どないすればええの?」
って聞くから、俺は何も言わずにキスをした。
ずっとそうしてると、謙也さんは真っ赤になって、それでも俺を離そうとしなくて…
そのまま行為に没頭する。


アンタには金で買われたないねん…

…いや、俺はもう金なんてどうでもええ…

前まで欲しかったCDとか服とかがあったはずやのに、もう思い出せんぐらい今は謙也さんの事ばかり考えとるんや…



セックスは何の為にするん?


アンタとセックスする度に、俺は本当の答えが分かりそうな気がして…幸せやった。


もし、答えが分かったら…

アンタに一番に聞いて欲しいんや…


ねえ、聞いてくれますか?

…謙也さん…

















それから1ヶ月。

いつものように午後の授業が終わり、俺は早々と席を立った。

最近部活に行くのが楽しみでしゃーない
もちろんテニスするんも楽しみやけど、それ以上に楽しみな事があんねん…

そう…
学校で唯一アンタに会える時間やからや…


俺、オカシイのかもしれん
こんなん思うなんて普通やないやろ…?
自分でもキモイなぁとか思うけど、こんな気持ち初めてやねん

謙也さんも俺と会うとめっちゃ笑顔で走り寄って来るし…
ずっと俺を見ててくれるんや…

謙也さんの一挙一動に、完全に翻弄されとる自分がいて… 
それがありえんぐらい幸せなんや…


でも、その幸せを誤解しそうになる

もしかして…俺は謙也さんにとって特別な存在なんやないかって…

謙也さんが俺を抱き続ける理由は…
俺が身体を売るんを辞めさせたいだけやなくて…
もっと…違う感情があるんやないかって…



「…アホやな、こんな考え…」


廊下を歩きながらボソリとつぶやいた。

謙也さんは誰にでも優しいから…
俺ん事放っとけなくなっただけや…

そのおかげで俺は…、謙也さんに対する気持ちが何なのか…
やっと分かりかけてきたんや…

…うん…
なんか人を想うのって…
めっちゃ苦しいなぁ…




「財前、そんな急いでどこ行くん?」


急にかけられた声に、反射的に目を向ける。
人通りの少ない廊下で足を止めた俺はその人物を見て顔をしかめた。


「……何すか…」

「あはは、今回は俺ん事覚えてるみたいやな」


笑顔で近づいて来るんは、いつか保健室でヤろうと誘ってきた先輩やった。

…あんなん忘れろっちゅー方が無理やで…
目隠しとか…今思い出しても鳥肌もんや

あー…近道やからってこんな所通るんやなかった…


「…俺急いでるんで」

「ちょお待ってや、この前も断られてしもたのに、今日もダメなん?」


先輩はわざと寂しそうな表情を作っとったけど、そんなんされてもキモイだけや…

この1ヶ月、俺に声をかける奴は結構おったんやけど、もちろん全部断った。
前は誰とでもしとったけど、今は考えただけでもゾッとする。


「…今日も何も…もう身体売るんは辞めたし」

「えー何で?他の奴らにもそう言って断ってるんやろ?好きな奴でも出来たん?」

「………どうでもええやろ…ほな」


目の前を通り過ぎようとすると突然腕を引っ張られ、目の前にはニヤニヤと笑う先輩の顔があった。


「…なぁ…、金ならナンボでも払ったるから…」

「せやから、もうアンタとはせえへん言うとるやろ!ウザいねん!」


ええ加減しつこい…


掴まれた腕を振り払い、何も言わずに先輩に背中を向ける。

あぁ…もうホンマに鬱陶しい…
早よ部活に行って…
謙也さんとテニスしたい…

…謙也さんに会いたい…



「ふーん…そおか…せやったらしゃーないな…」


足を速めようとした瞬間、後ろの方で小さく呟く声が聞こえた。


「…ッ!?」


突然後ろから大きな手で口を塞がれ、驚きのあまり立ち止まる。

腕も羽交い締めにされ、立ったままその場から動けんくなって…

何をされとるんかよお理解出来んくて、なんとか振り向こうとした時やった。


「はは、焦った顔もええな、興奮するわ…」


さっきまで話とった先輩が目の前に現れ、じゃあ今俺の口を塞いどるこの手は誰や…、痛い程腕を掴んでるのは誰や…と、うまく回らん頭で考えた。


「…みんな、財前とまた遊びたいんやて…モテモテやなぁ…」


どこからともなく数人の男が目の前に現れ、俺はハッとして周りを見回した。

こいつら…
まさか…

頭の中で危険信号が鳴り響き、だんだんと血の気が引いていくのが分かった。
嫌な予感しかしないその状況で逃れようと必死に暴れたが、1人の力じゃどうにもならんくて…
俺はずるずると引かれるようにして今は使われていない教室に投げ込まれた。


「…ッ…なにすんねん!」


床に叩きつけられた俺は、次々と入ってくる男共を睨み、震える手をギュッと握り締めた。


「なにすんねん…って、分かるやろ?みんなお前が相手してきた奴らやで?」


カチャ…と、鍵の閉まる音が聞こえ、身体がビクッと揺れた。
俺の心境を見透かすかのように先輩らは俺を見下ろして嘲笑う。


「はは、いつもみたいな余裕はどこいったん?」

「…いやッ…!来んな!」

「なぁ財前、今更何が怖いねん…、誰とでもセックスしとったお前が…」


ゲラゲラと笑い声が響く中、俺はただ目の前の奴等を睨みつける事しか出来んくて…






怖い


怖い…





謙也さん…





アンタを失うんが





めっちゃ怖い…







「ええ声で鳴いてや…財前」


何本もの腕が迫ってくるその恐怖に、俺はギュっと目をつぶった。





謙也さん



謙也さん…ッ!




心の中で名前を呼んでも




アンタには届かへん











なぁ…




声は届かんくても





アンタが教えてくれた




この気持ち…


俺の気持ち…






この1ヶ月…


少しでもアンタに届いてたやろか…







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