Long

□★この恋=危険域
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どれだけ時間が経っても



どれだけ涙を流しても



消える事のない痛み



身体の痛みは癒えても、どうしても癒えないものがある…


あぁ…
めっちゃ痛い


こんな思いをするぐらいなら
いっその事…
俺が消えてしまえばええのに…


痛みと一緒に消えてなくなればええのに…




「おーい!財前!」


自分の名を呼ぶ声に、俺は閉じていた目を開いた。
2年7組。
いつもの教室でいつもの席に座りながら俺は机に突っ伏しとって、声のした方にのろのろと顔を上げる。


「お前の事呼んでんで」


クラスメイトが指をさした先に視線を向けると、そこにはあまり会いたくない人物が俺に向かって微笑んでいた。


「財前、ちょっとええか?」


クラスメイトの注目を浴びながら白石部長がドアの前に立っとって、俺は躊躇いながらも椅子から重い腰を上げた。

わざわざ部長が俺の教室まで来る理由は分かっとる…
ここまで来んと…俺に会えへんからな…


「…なんすか」


素っ気ない俺の態度に、部長は怪訝そうな顔をして俺を見下ろした。


「なんすか、やないやろ、無断で3日も部活休んで何してるん?出れんのやったらせめて理由を聞かんとな」

「…理由なんて…」


そんなもの…決まっとるやん…

…会いたくないから

あの人の姿を、声を、感じたくない

一緒におって平常心を保てる程、俺は強くない…


黙り続ける俺を見て、部長は小さく溜息を吐いた。
何かを思案するかのように眉根を寄せ、ためらいがちに口を開く。


「……謙也、やろ…?」

「………」


その名前ですら、俺を動揺させるのに充分過ぎて…
痛いほどの部長の視線から逃れるために自分の上履き辺りをジッと見つめた。


「なぁ…、何があったんや?…ここ一カ月お前ら2人が普通の関係やなかった事ぐらい知ってんで?それやのにほんの数日前から顔すら合わせんなんておかしいやろ」

「…部長には…関係無いやないですか…」

「何言うてんねん、関係大アリや、お前はレギュラーのくせに部活も出んとサボってるし、謙也は謙也で全然練習に身が入っとらん…お前らが変になってから部活にも影響してるんや」


部長は怒ったような声を出しとったけど、しばらくしてふーっと深い溜息を吐いた。
横を通り過ぎるクラスメイトがいなくなるのを待ってから、部長は少し声を潜めて口を開く。


「…まぁ…さっきのは部長としての俺の意見やけど…ホンマはお前ら2人の事心配しとるんやで…?3日前…何かあったんやろ?部活をサボらざるを得ない…何かが」

「……ッ…」


部長の目が、俺の心の中を探るようにスッと細められた。
俺はその場に立っているのがやっとで、小さく震える手を力いっぱい握りしめる。

アカン…

バレたらアカン…

俺の本当の気持ちが…あいつらの耳に入ったら…


意を決して否定の言葉を吐こうと口を開いた時やった。


キーンコーンカーンコーン…−


次の時間の始りを告げる予令が鳴り響く。
俺は開きかけた口を閉じ、目の前で時計を覗き込む部長から一歩後退した。


「財前」


教室に戻ろうとする俺の腕を掴んだ部長は、先程とは打って変わって笑顔を見せとった。



「今日の放課後、部活に来る気ないんやったら俺の教室に来るんやで」

「…は、何で…」

「まだ話は終わってへんやろ、ええな?」


そう言って部長は俺の腕を離し、3年の校舎へと歩き出す。
しばらく突っ立ったままでその後ろ姿を見送った俺は、教室に入るクラスメイトの波に押されるようにしてガヤガヤと煩くなった教室に戻っていった。
















放課後。

俺は一人、自分の教室でずっと考えとった。

行くべきか…行かないべきか…

もちろん謙也さんのおる部活には行けんから、悩んでるんは部長が言っとった…教室に来いってやつ。
無視する事も考えた…
でも部長の事やからまた教室まで来るやろうし。
うん…
今日行って、適当に理由つけて帰ればええんや、さっきは突然やったから動揺してもうたけど…今なら落ち着いて話せると思うねん。

俺は教室を出て3年の校舎に急いだ。


歩き慣れた廊下。
シンと静まり返った教室。
少し開いてるドアから中の様子を覗いても、人の気配は感じられんくて…
ガラガラと音を立ててドアを開き、何回か来た事のあるその教室に足を踏み入れた。

前は…謙也さんを迎えに来たりしとったっけ…
俺、そんなキャラちゃうのに…
部活がない日は一緒に帰ってそのまま駅前とかで遊んだりしてな…
昼だって…約束しとった訳でもないのに、自然に一緒におって…

…はは、まるで恋人同士みたいな事しとったんやな…


苦笑しながら俺は窓際の後ろから2番目の席に近づいた。
俺がこの教室に来ると、この席の人はいっつも嬉しそうな笑顔を向けて…
後ろの席の人に別れを告げて俺の所に走ってきて…
そんなアンタの一挙一動に、俺も嬉しくなって…
ホンマに…嬉しくて…
何回も何回も迎えに行ってしもたんや…


夕日の当たる教室で、俺は目的の席の机をそっと撫でた。

一番後ろの席は部長…。
その前が…


「謙也さん…」


ポツリとその名前を口にした瞬間、俺の目から流れたものが机に落ちる。
拭いても拭いても、次から次へと落ちるそれを止める事は出来なかった。

ここにいたらアカン…
アンタとの思い出がある場所はめっちゃつらい…
言われた通りに教室来たし、いなかった部長が悪いねん…
もう…早よここから離れんと…


ズキズキと痛む胸を抑えながら、俺は教室を後にしようとドアの方に振り返った…

その時やった。


涙でぼやけた視界の端に人の姿が見え、俺はその場で一歩も動く事が出来なくなってしまった。


「……ッ…!!」


視界がぼやけていようとも、一瞬しか見えんでも…
それが誰かなんてすぐに分かってしもた…



「光…」



謙也さんの優しい声が教室に響き渡る。


「なん…で…」


無意識に出た声は擦れて、僅かしか聞こえんような声やった。
でも謙也さんには届いとったみたいで、俺を見つめながら真剣な顔で口を開く。


「白石が…放課後光がここに来るかもしれんて…言うとったから…」

「………」


あぁ…そおか…
部長は最初からこのつもりやったんや…


「部活…何で来んの…?」

「……ええやないですか…俺言いましたよね…もう構わんでって」


俺は平静を装いながらサッと視線をそらした。


「部活の先輩として接するのも駄目なんか?俺と話すの…嫌やの…?」


謙也さんはめっちゃ傷ついたような顔をして、でも無理に笑顔を作っとって…


…嫌な訳ない
ただ…怖いだけ…

アンタを思い出しただけで、胸が高鳴るんを抑えられへんのに…
謙也さんの姿を見て、声を聞いて、触れてしまったら…俺は自分の気持ちを全部言ってしまいそうやから…
せっかくの決心が揺らいでしまいそうやから…


俺が黙ったままでいると、謙也さんはゆっくりと俺の方に近づいて来た。
早よ逃げてまえ…と、頭から信号が送られとるのに、不思議な事に足はピクリとも動かへん…

たった3日会っていないだけやのに、謙也さんを久しぶりに見たような気がして…
たぶん…俺は心のどこかで、もっと謙也さんとおりたい…って思ってる…
せやから足が動かんねん…


「俺な、こんな事が聞きたくてここに来たんとちゃうねん…、光に…聞いて欲しい事があるんや」


手を伸ばしたら触れてしまいそうな位置で、謙也さんは真っ直ぐ俺を見つめた。


「…この席から、何が見えると思う?」

「…えっ…」


謙也さんのおかしな問いかけに、俺は思わず聞き返してしもて、謙也さんは微笑しながらスッと椅子を引いた。
俺が戸惑ったままそこに立っていると、謙也さんの手が自然と俺の手を掴む。


「ええから座ってみてや」


俺はパッと掴まれている手を離し、気まずくなりながらもその席に腰を下ろした。


何が見えるって…

中庭…
テニスコート…
グラウンド…
校長の銅像…
向かいの校舎…

…退屈するぐらい普通の風景やん…


訳が分からなくて少し首を傾げると謙也さんは俺の顔の横から手を出し、真っ直ぐ指をさした。


「向かいの校舎、3階の右から8番目の窓」


…3階…?

右から…8番…目…


「……あ…」


俺の目線の先にあったのは教室…。
2年7組…窓際の後ろから3番目…
ちょうど中庭の木と木の間に見えるその席は…


「……俺の…席…」


決して見間違う事はない…
2年になって、あの席を選んで…
昼寝するにはちょうどええな…ぐらいにしか思っとらんかったけど…
それ以来離れる事はなかった…
俺の席…


「3年になって、ここから光が見えるんを見つけて…、よそ見しとったら先生に怒られて、白石にからかわれて…、それでも俺は光を近くに感じられるんが…嬉しかったんや」


なんや…それ…
そんなんまるで…

…謙也さんは俺の事…


「ずっと前から好きやった」


その言葉に思わず振り向くと、驚くぐらい謙也さんは近くにおって…
泣きそうな顔をして俺の身体を抱きしめた。


嘘や…

…嘘や…

俺ん事…
同じ部活の後輩やから心配しとったんやろ…?

アンタは誰にでも優しいから…

放っておけなくなっただけやろ?


謙也さんの体温が、俺を困惑させる。
思考がついていかん…


「…嘘や…」

「嘘なんかやない!光が好きやから身体売っとるって聞いて…どうしても止めさせたくて…!」


謙也さんの腕の力が更に強まって、俺はただ腕の中で呆然とするしか出来んかった。


「ホンマに光の事思うんやったら…自分が代わりに金出して抱くなんて言わんで何回でも説得すれば良かったんや…、それが出来んかったんは心のどこかで光と関係をもてるっちゅー欲望を、俺は捨てきれなかった…、あんな関係をずるずる続けてしもたんは…俺のせいや」


ごめんな…、って謙也さんは何回も謝りながら俺の髪を優しく撫でる。


…ホンマに…?
ずっと俺を見ててくれたんか…?


「…嫌やったら…ぶん殴って逃げてもええから…」


その言葉を聞いた次の瞬間、俺の唇に謙也さんのそれが触れた。
軽く触れるだけのキス…
大好きやった、謙也さんの優しいキス…

少しでも腕に力を入れたら簡単に離れてしまいそうで…
涙も堪え切れんくて、ボロボロと零れ落ちていった。


…ずっとこうしていたい…

お願いやから…

俺を…離さんで…

もう一度、好きだと言って…


俺は止める事の出来ない想いを感じ、謙也さんの背中に腕を回して抱きしめ、ゆっくりと目を閉じた。


「……ッ…!」


その時、ふと、複数の男の笑い声と、足音が近づいて来るのが聞こえた。
俺はハッと我に返り、謙也さんを抱きしめとった手で目の前の身体を押し返した。


「…いやや…ッ!」

「…ッ…ひかる…」


謙也さんは驚いた顔で俺を見つめた。
その瞳に映る俺は…酷く怯えとって…自分でも見てられん程、酷い顔やった。

廊下から聞こえる笑い声…、それはあの日聞いたあいつらの笑い声に聞こえて…
それを聞いた途端、思い出してしまった。
あいつらの楽しそうな顔、あざ笑う声、気持ち悪い程の感触…
一気に全部甦ってきて、俺はガタガタと身体を震わせた。


「光!?どうしたん?何が…」

「触らんで!!」


俺に触れようとする謙也さんの手を思い切り振り払って、俺は逃げ出すようにその場から走りだした。


もしこんなん見られたら…

あいつらに見られたら…!!


『なぁ…、そいつがおらんかったら…前みたいにヤらしてくれるんやろ……、誰なん…?』


あの言葉が頭の中で何回も再生される…。



制止する謙也さんの声も聞かず、俺は教室を飛び出した。
廊下におったのは全然見た事もあらへんような奴らやったけど、俺はホッと息をつく暇もなく階段を駆け降りていった。




もう…

後戻りは出来んのや


そんな事分かっとったのに…




謙也さんが俺の全てを



狂わしてしまうんや…










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