Long

□★それが運命ならば
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どうして…


どうして…?



と、君の背中を追いかけながら考える。

でも、上手く考える事なんて出来んのや…

だって…
こんなこと想像すらしてなかった事やったから…


「…光ッ!」


そう叫び、俺の前を走る人物に手を伸ばす。
掴んだ瞬間、強い力で振り払われたが俺はまた手を伸ばした。


「光!ちょお待って…!」

「…ッ…!」


今度は振り払われないように力を入れて細い腕を捕まえる。
やっと立ち止まった光は肩で息をしながら振り返って…
悲しげに揺らぐ目を俺に向けて口を開いた。


「…なんで…ッ」

「…………」

「なんでアンタなん…?」


吐き捨てるように言った光が、俺に掴まれたままの腕を見つめ唇を噛み締めた。

俺はその問いかけに、何も言う事は出来んかった…

なんで…やて…?

そんなん、俺やって聞きたい…

何で俺のオトンと光のオカンが付き合うてるん?
どうして?

そもそも俺は光の親が離婚しとったのすら知らんかった。
そんな話、する機会なんてなかったし…
聞こうとも思わんかった…

ただ光が近くにおれば、それだけで幸せやったから…

家族がどうとか、そんなんは気にならんかったんや

…いや…
聞いたら俺も自分の事を話さんとアカンって、それが嫌で家族の話題を避けとったのかもしれん…

…別に親が離婚したんを話すのが嫌やった訳やない

それを話す事で、俺の弱さが出たらと思うと…

怖かっただけ…



「…謙也さん…」


俺を呼ぶ光の声にハッとなり、いつの間にか地面を見つめとった視線を前に向ける。
光は先程よりはいくらか落ち着いたように見えて…
でも目はそのまま…
悲しいという感情しか見えなかった。


「…謙也さんやって知ってるんやろ…?あの二人、もう再婚とか考えてるって…」

「…それは…知っとるけど…」

「……そしたら…俺とアンタは……」


そこまで言って、光は口を閉じた。


…分かってる…

あの二人が『家族』になれば

俺と光も…
『家族』になる…

血の繋がりなんてない…

…せやけど
それは『家族』に変わりないんや…



「…光、そうなったとしても俺達は…」


俺達は何も変わらない…


そう言葉をつなげようとしたのに、それは出来んかった。

出来なかったんや…


「…俺達は…何?」


言葉に詰まった俺に光は緩慢な動きで顔を上げ、責めるような目で俺を見つめる。
その仕草に、俺はズキリと胸が痛むのを感じた。


「今までのままでいられるん?…ちゃうやろ?俺達はどっちかを捨てて…どっちかしか選べへん!」

「せやったら俺は…!光とおる事を選ぶ!」


強い視線を向けて…光の肩を掴んで…
自分の中にくすぶる何かを振り払うように大声を出した。
光は驚いたように目を見開いたが、それは一瞬の事で…
次にはもう、この場の空気には似合わない笑みを浮かべていた。


「…そんなん…アンタには出来ん…」


そう小さくつぶやくと、光は自分の肩に置かれた俺の手にそっと手を重ねる。
体温の低い光の手は、いつもより冷たくて…
手の震えが大きくなったんは…
光の手が震えていたからやった。


「ずっと前に一度だけ…俺の前で泣いたやろ…?家族を失うんがつらくて悲しくて、もうこんな思いはしたないって…そう思ったからやないの…?」

「…えっ…」


俺は驚きのあまり、思わず声を出しとった。

確かに泣いた…
あの一回きりやったけど、俺は光の前で泣いた。
でも理由なんて言うてへんかったし、聞かれもせんかった…
せやから、光は知らんハズやのに…

何で…?


その俺の疑問に答えるかのように、光は言葉を続けた。


「その時の謙也さんが俺ん時とそっくりやったから…すぐに分かってしもた…、俺も両親が離婚した時、謙也さんと同じ思いやったんや…」

「ひかる…」


光はゆっくりと瞬きをし、そして俺の手を肩から外した。


「…ちょお…一人になりたい…、謙也さんは二人の所に戻って…」

「でも…!」


こんな状態のまま…
何も解決しないまま…

光を行かせてええ訳がない…


俺は背を向けようとする光の腕を掴む。

その時の光の顔はつらそうで、苦しそうで…
それはまるで、俺を拒絶しているように思えた…。


「お願いやから…ッ…一人にして…」


喉の奥から出されたような声に、掴んだ腕を思わず離した。

スルリ、と、腕が抜けていく感触が胸をざわつかせる。

その妙な感覚に、ホンマに離して良かったんかなんて考えて…
それでも、腕を掴める程もう光は近くにおらんくて…
俺との距離を不自然なぐらいに開けて、大きな瞳で俺を映し、何も言わずに背中を向けた。

その去っていく背中を見ながら、俺は胸の中に渦巻く不安を感じずにはいられんかった…


「光っ…!」


どんどん遠くなる姿に、俺は必死になって呼び掛ける。
立ち止まり振り返った光の表情はもう見えんかったけど、俺は今出来る精一杯の笑顔を向けた。


「…夜…、電話するから…!」


不安を掻き消すかのように大きな声を出したが、それは情けない程震えていて…

光は言葉を発さない代わりに一回だけ頷いてまた静かに背中を向ける。


去って行く光と立ったままの俺…

二人の距離はどんどん離れていった。











「…謙也!」


喫茶店に戻った俺は外で待ってたオトンの声に顔を上げた。
さっきはいきなり飛び出して来てもうたから、オトンと美月さんは驚いたやろなって…
そんな事をボンヤリ考えとった。


「急に二人とも出て行ってまうから心配してたんやで?…光くんとは一緒やないんか?」

「え、あぁ…その…」

「話は中で聞くから、早よ入り」


オトンは少し心配そうな顔で、俺の背中を押す。

そらそうやろな…
理由も言わず、急に走って行ってまうんやから…

さっきまで座っていた席まで歩くと、そこに一人で座っとった美月さんがパッと顔を上げた。
オトン同様に心配そうな表情で俺を、そしてオトンに目をやり、次にいない光の姿を探して小さく息を吐いた。

俺とオトンが座ると、美月さんは俺に不安そうな視線を向けて口を開く。


「…謙也くん、光…あの子は…?」


か細い声が聞くのを嫌がっているように思えて、俺はどう返事をしていいのか分からないまま視線を泳がせた。
俺が答えないのをどう思ったのか、美月さんは悲しそうに笑みを浮かべて…
その顔がさっきの光と重なって、見てられんくなった。


「…宗也さん、言うてもええかな…?」


美月さんがオトンに顔を向け、オトンが頷くんが視界に入った。
俺は膝に置いたままの自分の手を握り締め、隣に座るオトンをゆっくりと見上げる。

これから言われる事なんて…
もう分かっとる…

さっきまでなら笑顔で聞けたハズやのに

今となっては笑顔を作る事すら出来ん…


俺と視線が合うと、オトンは緊張した面持ちで言葉を発した。


「気付いとるかもしれんけど、俺達は…その…結婚しようと思っとるんや…」


俺は驚きも悲しみも喜びも見せない顔で、ただ黙って頷いた。
全ての感情が一気に流れ込んできて、自分でもどんな顔をすればええのか分からん…

あんなにもオトンの幸せを願っとったのに…
素直に喜べないんや…


「…あの子ね…」


ふと、美月さんの優しい声が耳に入る。
僅かに動いた手元に目をやると、左手の薬指にはめられたモノが輝き、その存在を主張していた。


「あの子ね、ずっと応援してくれてたんよ…、普段は愛想も無いし、キツイ事ばっか言う子なんやけど…、新しい家族が出来るん楽しみや…とか、オカンが好きなようにすればええ…とか言うてくれて…」


次の瞬間、ポタ、とテーブルに落ちた何かに気付き俺は顔を上げた。
美月さんの目から涙が零れ、自分でも泣いてる事に気付いてなかったんか、「あれ?」とか言いながら涙を拭う。


「…ホンマは…嫌やったのかな…?」


そんな事をつぶやきながら、美月さんは無理に作った笑顔を向けた。



違う…

違うんや…


光はホンマに幸せを願ってた

俺がオトンの幸せを願っていたのと同じように…
光だって願ってたんや…

もう二度と失いたくないから、そのつらさを知ってるから…

新しい幸せを掴んで欲しいって…

その幸せそうな笑顔がずっと続けばいいって…

そう思ってた…


それやのに…
光のこの気持ちが疑われるのは嫌やった…



俺は自分の手を握り締め、グッと息を飲んだ。
上手く回らない頭を必死に機能させて、自然な程の笑顔を作る。


「あの…ちゃうねん、実は俺と光…あ、光くんは…部活のチームメイトで…」


この言葉に二人は「えっ?」と声を上げながら、俺の顔を見つめた。
平気な顔をして、ドクンドクンと異常な程鳴る心臓を無視して、俺は続ける。


「光も、まさか俺のオトンが相手やって思わんかったし、俺がおるとも思わんかったから驚いて逃げてしもたんやて、今更戻るのハズいなんて言うてたから俺一人で戻ってきてしもて…」


手にじっとりと汗が滲むのが分かる。
美月さんの目が、オトンの目が…
疑うように揺れた。

いや…
今の俺にはそう見えただけ。


「え…、ホンマに…?そうやったん…?」


美月さんが俺に問いかける。
俺は「ホンマですよ」って言いながら、その涙に濡れた目を見つめた。


「なんや、私…泣いてしもて馬鹿みたいやね」


美月さんは安心したように笑って、オトンもホッと息を吐いて笑顔になって…
二人はホンマに幸せそうに笑った。

俺はその情景をただ見つめるしか出来んくて…
心の中でモヤモヤとした何かを感じていた。



オトンの付き合うてる人が光のオカンやって知っとったら、俺は…

…俺は…


たぶん
知ってても何も出来んかった…

美月さんと付き合うてからのオトンは…
めっちゃ幸せそうで…

…オトンは…一回手放してしまった『家族』を取り戻そうとしてたんや…

俺にはこの笑顔を壊す事なんて出来ん…


光もきっと…

そう思ったんやろな…

せやから余計に…つらい…


…でも俺には

もっとつらい事がある…


なぁ、光…

分かるやろ…?


それを言葉にする事はしない

今まで考えた事もなかった…


…だってそれは…

絶対にありえない事やから…


…この手を離すなんて

絶対にありえないって思ってたから…








夜。
俺はベッドに座りながら携帯を手にボタンを押し、見慣れた名前を画面に映す。

『財前光』

しばらくの間その画面を見つめ、通話ボタンを押した。

コール音が虚しく響く。



俺はもう分かってる…


この動作が何の意味も為さない事を…





そう…


いつまで経っても


その電話から光の声が聞こえる事はない…








それでも俺は

しばらくの間…



その規則的な音だけを聞いていた







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