Long

□★それが運命ならば
5ページ/8ページ

3







『光、俺…お前の事が好きや』



目の前の自分は、緊張した面持ちでそう言葉を発した。


『…え…、好き…って…?』


視線をそちらに向ければ、戸惑ったように動揺する少し幼い光がおって。

自分で自分を見るなんて現実ではありえん現象に気付いた俺は、そこでこれが夢だという事が分かった。

でも、まだ覚める気配はなく、俺は懐かしいその光景に再び目を向ける。


『…男相手に言われても気持ち悪いかもしれんけど…俺は光が好きなんや…!同性やって事がどうでもええって思うぐらい…好きやねん…』

『………』


光は何も言わず、俺の真意を探るような視線を向けて身体の横にある手をギュッと握り締めた。


…あぁ…
そうやったな…

この時、光がずっと何も言わんから…
俺は不安で不安で胸が張り裂けそうやった…

ダメ元で告白したんやけど…
やっぱり断られるんはショックで、怖くて。

でも、この気持ちを伝えずにはいられんかった…


『…光…、その…』


急にこんなん言うてごめん。

と、続くハズだった言葉は口から出なかった。
小さく震える光の手が、俺の腕を掴んでいたから…


『…その好きって…こういう好き、ですか…?』


光は一瞬だけ戸惑ったように目を伏せて…

細い指を俺の指に絡めて…

…そして

その不安そうな顔をゆっくりと俺の顔に近づけた。



光…

初めてのお前とのキスは、告白の返事と一緒やったな…


俺は黙ったまま目の前の二人を見つめる。

驚いた顔をした俺と、少し顔の赤い光。


その二人の唇が触れるその瞬間、目の前の光景が急に遠ざかった。
手を伸ばしても、足を前に踏み出してみても…
二人に近づく事は出来ない。


…待って…

待ってや…!


言葉を発しようとした時、急に目の前が真っ暗になり、足元が下に引きずり込まれるような感覚に陥った。


暗い、暗い…

底の見えない穴に落ちていく…

何かを掴もうと手を動かしても、何も掴む事は出来ない…


…あぁ…

このまま落ちたらどこに行くんやろ…


光…
そこにお前はおるやろか…?

謙也さん…って…
俺の名前を呼んで笑ってくれるんやろか…?



でも、お前がこんな暗闇におる訳がない…

お前はいつもキラキラ輝いてるから…

こんな暗くて何もない場所なんて似合わない



お前がいないなら

どこに行っても同じや…

どこに行っても…虚しいだけ…



海の底に落ちて行くような感覚の中で

俺は静かに目を閉じた…










次の瞬間、開いた目に映ったのは見慣れた天井やった。

窓から太陽の光が差し込み、電気の消えた部屋はすでに明るくなっとって…

俺は深く息を吐き、再び目を閉じた。


光と俺が付き合うたんは俺が二年で、光は一年やった。
入学してすぐ、光はテニス部でその力量を発揮していた。
一年の誰よりも上手くて、二年の大半にも勝てるような技術を持っていて。
最初はあの一年凄いなって思っとっただけやけど、いつからか俺は光を追うようになっとった。
みんなの輪の中には入らず一人でいる事が多いとか、テニスをしとる時は普段よりちょお楽しそうな顔するんやとか…
いろんな光を見つける度に、俺は嬉しくなって…もっともっと知りたいって、そう思うようになって。
緊張しながら話しかけに行った事もあった。
テニス上手いな…とか、そんな感じの事やったと思うけど。
まぁ…最初は警戒されてあんま話してくれんかった光やけど、根気良く話しに行けばだんだんと口数も増えて…
笑顔も見せてくれるようになって…
一緒におる事も多くなって…

気付けば、光は俺の中で無くてはならない人に変わっとった。

そして、夢の中のあの告白。

あの日から俺と光は恋人になった。


今まで感じた事のない幸せ、喜び。

光と一緒におったら世界はこんなに変わるんやって…

ずっと、この世界は続くって…


俺はずっと、疑う事はなかった…












「謙也、どないしたんや?いつもよりなんやテンション低いなぁ」


朝、部活の為にユニフォームに着替えてた俺に横から話しかけたんは爽やかな笑みを浮かべる白石やった。

普通にしとったつもりやけど、やっぱりコイツには隠せへんな…


「そおか?たぶん、昨日ゲームやり過ぎて寝不足やからやなー…」

「またお前は…大概にしときや、大会も近いんやで」


そんな会話をだらだらと続けていたが、俺にはさっきからずっと気になっている事があって。
もう部員も集まっているのに、光の姿はどこにも見当たらへん。

俺はそれが不安で不安でしょうがなかった。


「…なぁ白石、光…来てへんな…?寝坊でもしてるんやろか」


何気なく聞いたその言葉に白石が少し驚いた顔をしとったから、俺の胸は小さくドキリと鳴った。


「なんや、いつもベタベタしとるくせに知らんの?今日は委員会の当番なんやて、さっきそれだけ言いに早よ来とったで」

「…え、あ…、せやったな!」


なんて笑顔で返したけど、俺は知らんかった。

いつもなら前日の夜に電話やメールで教えてくれるのに、昨日は光と話してへんから…

俺はギュウギュウと胸を締め付ける何かを忘れようとロッカーを思い切り閉める。
でも、そんな事で胸の痛みが直る事はなかった。











放課後。

いつもなら部活に行ってみんなとテニスしとる時間やのに、俺は一人、長い廊下を歩いていた。

妙に足が重く感じるんは何でやろか…

足自慢の俺でも、今は速く走れる気なんて全くせえへん。
毎日どうやって歩いてたんやろって思うぐらい、一歩を踏み出すのが苦痛やった。

普通の教室とは違う一回り大きいドアを目の前にし、俺はピタリと立ち止まり深呼吸をした。

中の様子は分からんけど、きっと…

きっと君はここにおるから…


ガチャ…と、静かにドアを押し開く。
中はシンと静まり返って、音を発する物は何もない。
並べられた本がひしめき合いながら棚に収まっとって、見てるだけで窮屈な気持ちになった。


『今日は委員会の当番なんやて』


朝聞いた白石の言葉が頭の中で思い起こされる。
せやから俺はここに来た。
委員会の当番の日はいつも少し遅れて部活に来るし、部活で会ったところでゆっくりは話せんから…
ここに俺が来た方がええと思った。

ドアの前に突っ立ったまま、カウンターの方に目を向ける。
ここからやと死角になって見えんけど、俺の予想が正しければ光はいつもと同じ場所…カウンターの一番奥に座ってるハズ。

そう思いながら、俺は人気の無い図書室をゆっくりと歩く。


一歩

二歩…

三歩…


………

…あれ…?


カウンターを端から端まで見渡せる位置に来ても、俺の探してる人物はそこにはいなかった。

…誰も…おらん…?

不思議に思いながらもっと近づこうと足を動かした時やった。



「謙也さん」

「…ッ…!」


後ろから聞き慣れた声が聞こえ、俺は飛びあがりそうな心臓と共に後ろを振り返った。

光は氷のような表情を貼り付けてゆっくりと近づく。

何でここにおるん?
なんて言って、光は首を傾げたりはせんかった。


まるで…
俺がここに来るのを知っていたみたいや…


「光…、今日、当番やって聞いたから…」

「………」


笑顔でそう言っても、光は黙ったまま俺との距離を詰めていく。
手を伸ばしたら触れられそうな位置で止まったんやけど…
俺は手を伸ばしたりはしなかった。
光の顔はいつもとどこか違う。
いつも俺に見せる柔らかい顔でも、昨日見せた感情的な顔でもない。

その表情は俺を動揺させるには充分やった。


「…っ…、昨日…夜、電話したんやけど寝てしもたん?ごめんな、ちょお遅かったから…」

「謙也さん」


光は俺の言葉を遮ってもう一度名前を呼ぶ。

ドクンと、さっきとは別の意味で心臓が大きく鳴った。
光は真っ直ぐ俺を見て微動だにせず、ただ、ゆっくりと口を動かすだけやった。


「分かってるんやろ?俺がわざと出んかったって」

「…え、わざと…?何で?」


今の俺にはそんな事ぐらいしか言えなくて…
本当は分かってたのに、それを肯定するんが…怖かった。

俺がとぼけてみても、光の目は変わらない。

分かってる…
でも気付きたくない…

俺を見てるようで、お前の瞳には何も映ってないって事も…

耳を、目を、塞ぎたくなる気持ちでいっぱいやという事も…。



こんな光を見る為にここに来た訳やない。

俺は、光が昨日の事を不安に思ってるって…そう思ったから…
光に笑顔を見せて、大丈夫やって…
そう言ってあげたかっただけなんや…



「俺、あれからずっと考えてたんや」


光は俺の考えもお構いなしに淡々とした口調で言った。
俺はカラカラになった喉から絞り出すようにして声を発する。


「…これからどうするか…ってこと…?」


僅かに出した声。
俺は震える情けない声に、思わず下を向いた。

これからどうするか…

俺やって考えた。
でも、当然答えなんて出えへん…

光もそうやろ…?

そう問いかけるように再び視線を向けると、光は少し唇を噛み締めただけで、尚も変わらぬ表情を向けとって。


「…ちゃう、俺が考えたんは…」


そこまで言うて、光は今日初めて視線をそらした。
伏せられた目は儚げに揺れた気がしたが、そう思ったのも一瞬の事。

また俺を捉えた目は先程と同じで

俺はその瞳に映ってはいなかった…



「俺は本当に謙也さんが好きかってこと」



それが耳に届いた時、一緒になってチャイムが鳴り響く。
静寂を破るその音が聞こえたのは最初だけ…
俺は呆然とその場に立ち尽くし、閉じられた光の口を見つめとった。



……え…

なに…?

好きか…なんて、何で今更考えなアカンの…?

だって…

…だって光は俺と…

笑い合って、手を繋いで、お互いを求め合って…

あの日から今までずっと一緒やったやん…

…なのに

どうしてそんな事考えるん…?

どうして…平気な顔でそんな事言うんや…



チャイムが鳴り終わっても俺は何も言えず、ぐちゃぐちゃになった頭の中で…もう何を考えればええのかもよお分からんくなっとった。

光は俺の横を通り過ぎ、カウンターに置いてあった鍵を掴む。
何かをノートに記入しながら、他愛もない世間話をするように言葉を発した。


「謙也さんとおるんは居心地が良くて好きやった、おもろいし…気遣わんでもええし、せやから一番近くにおれる関係でおったけど…」


ジャラ、と鍵を鳴らして、ノートを閉じて…
再び俺の前に現れた光は少し笑みを浮かべてるようにも見えて。


「謙也さんと家族になるって考えたら、今よりずっと近くにおる訳やろ?せやったらなんや今の関係やなくてもええんやって、そう思ったんや」


もう鍵閉めるんで、とか言いながら、光はさっさとドアの方に歩いて行く。
俺はぼんやりとした視界の中で遠ざかる光の背中に手を伸ばしたが、それは当然のように届かなかった。



…何で…

何でなん…?

…光…

嘘…ついてるんやろ…?

好きやなかったって言うて、あの2人の為に俺達の関係を無くそうとしてるんやろ…?

…なぁ……

…嘘って言うて…


「…光!」


俺は光の背中を追って、細い腕を掴んで、自分の方に振り向かせた。
その光の顔が悲しみに歪んでいたら…どんなに嬉しかったか…
俺のそんな思いは虚しく、光は悲しみすら浮かべていない顔で俺の目を見つめる。


「嘘なんやろ…?俺の事…好きやって言うてくれたやん!好きやなかったらキスなんて…セックスなんてせえへんやろ!?」

「…謙也さん、俺の好きは恋愛感情やなかった、ただアンタと一緒におって特別楽しいってだけで、キスもセックスも…興味があっただけ、それで全部説明がつくんや」


光は自分の手を掴んでいる俺の手を握り、それをゆっくりと外した。

光に触れていた部分が一気に冷えていくのが分かる…


そして…

光は俺の前で笑顔を見せた。



「俺とアンタが付き合うんは…今日で終わりや」




終わり…

終わり…?


俺はその言葉をただ頭の中で反芻して…

何も理解が出来んまま、足元から何かが崩れていくような…そんな曖昧なものを感じるしか出来なかった。




…あぁ…


これはあの夢の続きかもしれへん…



現実に続く、夢…



夢の中で落ちて行った深い深い穴



やっぱりそこに光はいなかったんやな…




そこ、だけやない…





もう


俺の腕の中で笑う光は





どこにもいない






次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ