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□お留守ですか?
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僕が橋本さんと親しくなったのは、それはもう素晴らしい偶然だった。
僕は宅急便配達の仕事をしていて、あちこちの家に荷物をお届けするんだけど、橋本さんの家にはよく配達物があるから、何度も通ううちに挨拶くらいはするくらいの仲になった。
それから更に僕からアプローチをかけて(何を隠そう橋本さんは美人なのだ)今みたいに親しくなったという訳。
まぁそんなこんなで、僕は今日も橋本さんの家に荷物を届けに来ている。
玄関のチャイムを鳴らして待つけど、返事がない。
留守かな?
だとしたら珍しいな。
「橋本さーん、お留守ですかぁ?」
一応声もかけてみたけど、やっぱり返事がない。
いないのか、と思ってちょっと(いやかなり)がっかりしながら不在通知を新聞受けに入れようとした時、ぎょっとした。
新聞がたまっている。
しかも軽く二週間分はある。
旅行に行ったんだろうか。
いや、そんなはずはない。
橋本さんはしっかりしてるから、旅行へ行くならその間の新聞は止めてもらうはずだ。
嫌な予感がした。
もしかして、風邪でもこじらせて寝込んでしまっているのかも。
気が付けば僕はドアのノブを握っていた。
開くわけないと思ったのに、扉は僕の予想を裏切ってあっさりと開いた。
「橋本さーん?お邪魔しますよー?」
もう一度声をかけるが、室内からは何も聞こえない。
靴を脱いで奥へと足を踏み入れる。
僕はとにかく彼女が心配で、その時は他人の家に勝手に入ることは悪いことだなんて常識は頭からすっぽり抜け落ちていた。
真っすぐに進んで、リビングへ続くだろう扉を開く(何故リビングかわかるかというと、インターホンがこの部屋についているのを一度見たことがあるからだ)。
「橋本さん?」
扉を開いて中を見ると(やはりリビングだった)カーテンが締め切られていて視界が悪く、空気もこもっている。
あきらかに、しばらく人が生活していた気配がない。
明かりを求めて電気のスイッチをつけようと、壁つたいに移動していくと、脛に固いものがぶつかった。
痛みに涙をこらえて下を見ると、わりと大きめの箱が置いてある。
目をこらして見ると、同じくらいの大きさの箱があと三つあった。
「なんだろ、これ」
僕が持って来た、それらより小さな箱と合わせると全部で五つになる。
何か通販で大量に買い物でもしたのだろうか。
それより、橋本さんはどこに行ったのだろう?
持ってきた箱を、さっき僕が躓いた箱の隣の床に置く。
だいぶ目が慣れてきた。
橋本さんがどこへ行ったのかわかるようなものがないか、部屋を見回してみると、電話の横の机に手紙がのっていることに気がついた(もちろん中身を見たりはしない。ただ、宛名を見て何かわかることがあるかもしれないと思ったのだ)。
手紙は、未開封だった。
封筒をひっくり返して宛名を見ると、
「僕…に?」
そこには僕の名前がかいてあった。
封を切って便箋を開く。
簡潔に、一言だけが書いてあった。
『はこをあけて』
僕は手紙をもとの机に戻すと、一番手近にあった箱を引き寄せ、止めてあったガムテープを引き剥がした。
何で僕はすぐに帰らなかったのか、とか、何で僕は怪しまなかったのか、とか、今なら凄く不思議に思うけど、とにかくその時は箱を開けるしかないと思ったのだ。
「…」
箱の中には、更に発泡スチロールの箱が入っている。
発泡スチロールの箱の蓋を外すと中にはドライアイスが敷き詰められ、その中心にビニール袋に入った肌色の何かが埋め込まれていた。
袋をひっぱり出して、僕は悲鳴を上げた。
人間の、腕。
袋の中身は、肩から切断された人間の腕が入っていた。
「…」
荒い呼吸を整えて、腕をもとあった場所へ戻す。
よく考えてみれば、本物のはずがないじゃないか。
血だってついてないし、いくらドライアイスを敷き詰めたからって、切断された人間の身体の一部が腐らずにいられるはずがない。
ひょっとすると、何か人形の部品なのかも。
橋本さんは、僕にそれを組み立てて欲しかったのかな。
そうだ、そうに違いない。
そう思い込んだ僕は、他の箱も開いてみることにした。
一つからは、脚が。
一つからは、上半身の下半分が。
一つからは、上半身の上半分が。
これで、部屋にあった箱は全て開けた。
人形だとわかれば、多少不気味ではあるが怖くはない。
腕、脚、身体が揃った。
あと足りないのは、頭。
そこで僕は、自分が持ってきた少し小さめの箱のことを思い出した。
あれに、頭が入ってるのかな。
箱を引き寄せてガムテープを剥がす。
蓋を開けて、予想どおり入っていた発泡スチロールの箱の蓋を更に外す。
そこで
僕は、
虚ろな目をした橋本さんと、目があった。