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□ココアと吸い殻
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同じクラスになってから、十二ヶ月が経つ。
初めて話したあの雨の日から半年は過ぎた。
俺とアイツは、以前と変わらぬ関係のままだ。

…べつに付き合いたいとか思ってないから、いいんだけど。

駅までのバスを待つ間、あんまりにも寒いから、バス停の後ろにある自販機で、カイロの代わりにとホットココアを買って手のひらを暖めながらぼんやりそんなことを考えていると。

「青木くん」
「…おう」

まさに今考えていた人物、松本早紀が現れた。

「青木くんもバス待ち?」
「んー。松本も?」
「うん」

以前と比べれば、自然と会話が出来るようになった。

教室でも、目が合えば会釈するし、たまに話したりもする。

女の子が苦手な俺でも、松本とは案外普通に接することが出来る。

たぶんそれは、彼女があまり女の子女の子してないからだろうと勝手に結論付けてるけど。

「それにしても寒いねぇ」
「十二月だからなぁ」
「手が凍っちゃいそう」

松本がそう言った時、ふと自分がココアを持っていることを思い出した。

「松本、甘いの平気?」
「ん?大丈夫だけど」

それを聞いた俺は、後ろの自販機でホットココアをもう一本買った。

「ほら」
「え、いいの?やったぁ」

ありがとって笑った松本は、ココアを開けて飲み始めた。

「…」

それ、カイロの代わりにと思って買ったんだけどなって言おうと思ったけど、やめた。

松本が、あんまりにも旨そうに飲むから、俺までココアが飲みたくなってきた。

「うん、おいしい」
「それはよかった」

そう言って俺もココアを開ける。



「…青木くん」

ぬるくてもわりと旨いなって思いながらココアを飲んでいると、横から話し掛けられた。

「んー?」
「私たちも、この冬が終われば受験生だね」
「…あぁ」
「青木くんは、進学?」
「まぁね」

どうせ私大に転がりこむけどって付け足すと、松本は声を出さずに笑った。

「松本は?」

彼女は俺の質問には答えずに、飲み切ったココアの缶をごみ箱へ投げ入れた。

「あ、ここにこんなにタバコの吸い殻が落ちてる」

彼女の方を見ると、確かにそこには踏み付けられてぺちゃんこになった吸い殻がいくつも落ちていた。

「私ね、入院するの」

ぽつりと呟いた言葉が、俺の脳みそに浸透するまでたっぷり十秒はかかった。

「まじで?」
「大マジ」

彼女は俺の隣に並ぶと、まだ青木くんにしか話してないんだって笑った。

「…何で」
「なんとなくかなぁ。青木くんだったら、クラスに広めて噂にしたりしない気がしたから」

噂になるの嫌なのって聞いたら、別にって答えが返ってきた。

矛盾した奴。

「いつ?」
「あと三週間くらいしたら」
「退院は?」
「わかんないけど、そんなに長くはないと思うよ」

淋しい?って聞かれたから、別にって答えた。

「青木くん」
「何?」
「アドレス交換しよう」
「いいけど」

暇になったらいつでもメールしてねって彼女はおどけて言ってみせる。

その顔を見て、俺にはよくわかんないけど、きっと松本は淋しいんじゃないかなって思った。

「あ、バス来た」
「本当だ」
「でも駅前には行かないやつだね」
「うん」

青木くんはもう少し待たなくちゃねって言いながら、松本はポケットから定期入れを取り出した。

バスが音を立てて目の前に停まる。

「じゃあ、お先に失礼します。また明日ね」
「おう」

手を振る松本を飲み込んで、バスは走り去る。



まだ飲み終わらないココアを片手に後ろを振り返ると、吸い殻がいくつも落ちていた。

吸い殻を見つめながら、松本の言葉を思い出す。

…入院

急に口のなかが苦くなった。

何だかよくわかんないけど、タバコもきっとこんな味がするんじゃないかなと思うとげんなりした。

こんなに苦いなら、一生タバコは吸いたくないな。








口のなかの苦みは、家に帰っても消えなかった。





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