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□あなたとの日々が全てだったんだ
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松本早紀が入院した。



担任は彼女が入院したとただ事務的に告げただけで、病名やいつ退院するかは何も言わなかった。

個人情報だから、言えないのかも。

俺はそんなことを思いながらぼんやり話を聞いていた。



松本が入院したと聞いたクラスメイトの反応は色々だった。
ただ、圧倒的に心配する人数の方が多い。
俺が知らないだけで、彼女は意外と人気者だったらしい。





昼休みにいつものように購買へ行こうとすると、学級委員の伊藤に呼び止められた。

「青木、早紀ちゃんの代わりに倫理係やってくんない?」
「何で俺?」
「先生に、倫理係の代理は男の方がいいって言われたから」

じゃあお前やれよって、喉元まで出かかった台詞を飲み込んで、わかったとだけ答えた。

「サンキュー。じゃ、早速職員室に行って、課題もらってきてね」

伊藤は笑顔で告げると、逃げるように去って行った。

何てついてない。

倫理の先生に会いに職員室へ行くと、松本はどうしたのと聞かれた。

入院したから代理ですって答えたら、あぁそう心配だねって返事がきた。

松本は、先生にも好かれてたのか。

相変わらずべらぼうな量のプリントを教室へ運び、配ろうとしたらクラスの女子の会話が聞こえた。

『早紀ちゃんいないと淋しいね』
『心配だなあ、お見舞いに行く?』
『そうだね、そうしよう』
『早くよくなってほしいね』

何気なく耳に入ってくる会話を聞いていたら、ふと思い出した。

初めて話した雨の日のこと。
クラスではいつも笑っていたこと。
笑うと目が猫のように細くなること。
授業中には眼鏡をかけていること。
友達には早紀ちゃんとかさっちゃんと呼ばれていること。
掃除の当番の時はいつも黒板を消していること。
クリームパンよりあんぱんが好きだと言っていたこと。
見た目よりずっと体力があること。

一緒にココアを飲んだ日が、二人で会話をしたのが最後だったこと。

プリントを配り終えた俺は自分の席に座ると、右に二つ前に三つの場所にある松本の席を眺めた。

俺、意外とアイツのこと見てたんだな。

俺はもしかして松本のことが好きなのかもしれない、っていうぼんやりした考えが頭を過る。

まさか、ね。





午後の授業は松本のいない空席ばかり気になって、何をやっていたのか全然記憶に残らなかった。





放課後には、昼休みに頭を過った考えが確信に変わっていた。

…あんまり認めたくないけど。

ただ、松本のいない学校は何だか色褪せていて、ぼんやりとしていて、あまり生きた心地がしなかった。

彼女がいない。

それだけで、毎日がとてつもなくつまらないものに感じる。

やっぱり、好きなんだろう。



お見舞いに行こう。
あんぱんとココアを買って。

彼女は、ありがとって言って笑ってくれるだろうか。





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