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□缶ジュース1本
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「あつい」

真夏。

炎天下のもと。

あたしは人を待っている。



「あつい」



太陽の光を反射する真っ白いショートパンツ。
ピンク色のフェミニンなキャミソール。
綺麗に巻いてトップでまとめた茶色の髪。
ばっちり決めてきた化粧も。
この暑さと汗のせいで、何もかも台無しになりそう。



「あつーい」



あたしは人を待っている。

…久しぶりのデートなのに。

今日は大丈夫だよって言われたから、ちょっと気合いを入れてお洒落をした。
あまり一緒にいられない関係だから、こんな風にデートが出来るのは凄く嬉しい。

なのに。



「あっついなぁ、もう」



肝心の待ち人は、いつまで経っても現れない。



あと三十分待って、来なかったら帰ろう。



そう決意した瞬間。



「あれぇ、佐倉ー?」



急に名前を呼ばれた。
誰だと思って振り向くと。

同じクラスの…なんだっけ。
思い出せない。

あたしと同じくらい明るい茶髪で、猫みたいに細い目の男の子が、ニコニコしながら立っている。



「…えっと、誰?」

結局名前を思い出せなくて、直接尋ねることにした。

「えっ、同じクラスなのに僕の名前知らないの?」

猫目の彼は、心底傷ついた風に言った。

「だって知らないもんは知らないし」

そっかぁって言いながら、猫目の彼はあたしの隣に並んで立つ。

「…なに?」
「いや、佐倉の私服とか見たことないから珍しいって思ってさぁ」

普段は制服なんだから、当たり前じゃんって言い掛けたあたしの口は止まる。

「あんた、何で制服なの?」

ていうか何で夏休みなのに学校にいんの?

重ねて尋ねたあたしに、猫目の彼…めんどくさいから猫目って呼ぼう…は、照れた様に笑った。

「馬鹿だから、補習うけてたのー」
「は」
「僕、頭悪いからさぁ」

確かに、中学で補習受けるとは絶望的だわ。

思ったことは口に出さずに別のことを尋ねる。

あたしの待ち人が来るまでの暇つぶしには使えるかもしれないし。

「何の教科?」
「すうがくー」
「ふぅん」
「数学の金井先生って美人だと思わない?」
「別に」

猫目はなんだぁって言うと、学校の駐車場へ目を向けた。

「あ、噂をすれば」

彼の声に合わせて首をめぐらすと、あたしの息は止まりかけた。

そこには校内でも美人聡明で有名な数学教師と、あたしの待ち人が仲良く同じ車に乗り込む姿があった。

「あれぇ、金井先生って体育の橋場と…」

猫目の言葉は最後まであたしの耳に届かなかった。

嘘…

気が付いたら蹲っていた。

猫目の声がする。
うまく聞き取れない。

『今日は大丈夫だよ』
『金井先生って体育の橋場と…』

「きゃあっ!」

蹲っていたら、首に急に冷たいものを押しあてられた。

「な、何っ?」

慌てて顔を上げると、猫目の声が降ってきた。

「佐倉、急に蹲ったから熱中症かなぁって思ってさぁ、缶ジュース買ってきた」

冷やしたら良いのかなってぇって笑いながら、猫目はあたしに缶ジュースを差し出す。

その優しさに、何だか泣けてきた。

「…馬鹿」
「ええっ!何で泣くの?!もしかして、オレンジジュースは泣く程嫌いなの?」

馬鹿みたいに慌てる猫目を見ていると、さっきまでの感情が嘘みたいに引いていった。

「違うよ。あんたがあたしを呼び捨てにするのがムカついて泣いたの」
「あっ!そうなんだ」

猫目はそう言うと、じゃあ佐倉ちゃんて呼ぶねって笑った。

笑うなよ、こっちは泣いてんのに。

「…」

「ていうか佐倉ちゃん、僕の名前思い出した?」

「あんたなんか、ミケで充分だ」
「がーん!」

ミケって猫みたいじゃんかぁって言う猫目の彼を見ていると、あたしの心はだいぶ落ち着いた。

「うるさいミケ」
「確定かよー」

渋るミケを見て、あたしは笑った。

「オレンジジュースは大好物だよ」
「まじで?良かったぁ!」
「嘘」
「がーん!」



初めて話した君は、今と変わらず優しかった。



















『てか佐倉ちゃん、夏休みなのにあんなとこで何してたの?』
『ミケのこと待ってたの』
『え、本当に?!』
『嘘』
『がーん!』




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